有給休暇の買い取りは違法?会社が知るべき例外的ルールと注意点

従業員の未消化有給休暇を「買い取る」という選択肢に、企業担当者として悩んだことはありませんか?
実は、有給休暇の買い取りは原則として違法とされており、制度を導入する際には厳格なルールと例外の理解が求められます。
本記事では、有給買い取り制度の法的な位置づけから、例外的に認められる具体的なケースや注意点までをわかりやすく解説します。
法令遵守を前提としながら、従業員満足度と業務効率を両立させる「正しい制度設計」のヒントを得たい方は、ぜひ最後までご覧ください。
有給休暇の買い取りとは?会社としての基本理解
従業員の労働環境を適切に整えるうえで、「有給休暇の買い取り制度」は重要な検討事項の一つです。
とくに未消化の有給が蓄積していくなかで、企業としてどのような対応が認められているのかを正しく理解することは、労務管理の観点からも不可欠です。本章では、有給休暇制度の基本的な目的から、買い取り制度の定義と適用範囲までを整理していきます。
有給休暇制度の目的と法的背景
有給休暇制度は、労働基準法第39条に基づき、一定期間継続して勤務した労働者に対して、心身のリフレッシュや生活の充実を図るために与えられる「休暇の保障制度」です。
具体的には、正社員の場合は勤続6か月以上かつ8割以上の出勤率を満たすことで、年間10日以上の年次有給休暇が付与されます。
この制度の趣旨は、単に休む権利の保障だけではなく、過重労働の防止や生産性の向上にもつながるとされています。また、年5日の有給取得義務(2019年施行)など、近年は企業側にも取得促進の責任が求められています。
有給休暇の買い取りは違法?
「有給休暇の買い取り」とは、従業員が取得しなかった有給日数に対して、企業が金銭を支払う仕組みを指します。ただし、前提として有給は自由に買い取ることができるわけではなく、一部のケースにのみ例外的に認められているのです。
- 時効により消滅する直前の有給休暇(2年の時効)
- 退職時に未消化で残っている有給日数
- 法定日数を超える「会社独自の上乗せ分」の有給
一方で、法定の年次有給休暇を、従業員が在職中に任意で買い取ることは原則として認められていません。これは、「休む権利」を金銭と交換することで、制度の本来目的が損なわれる可能性があるためです。
企業としては、適法かつ適切な運用のもとで、有給休暇の残日数をどのように扱うかについて明確な方針を定めておく必要があるでしょう。
有給休暇の買い取りが原則違法である理由
従業員からすると、休む権利としてもっている有給休暇の買い取りは「なぜだめなのか?」と気になるかもしれません。日本の労働法制上、原則として禁止されている背景には、労働者の健康管理と労働時間の適正化を重視する法制度の基本的な考え方が存在します。ここでは、法的根拠と企業側のリスクについて詳しく解説します。
労働基準法39条に基づく禁止の趣旨
労働基準法第39条は、年次有給休暇を「労働者の心身の回復を目的とした休養の権利」として位置づけています。
このため、休暇の趣旨に反して金銭で解決することは、原則として認められていません。つまり、有給は「取得すること自体に価値がある」ものであり、金銭に換算することで本来の目的が失われてしまうと考えられているのです。
また、労働者に買い取りを強要するような慣行が広まると、有給取得率の低下や過重労働の助長につながり、労働環境全体の悪化を招くおそれがあります。こうした背景から、法は「休むことを優先すべき」という立場を明確に示しています。
違法買い取りのリスク(法的制裁・労使トラブル)
仮に企業が本来違法とされる有給買い取りを行った場合、以下のような重大なリスクを招く可能性があります。
- 労働基準監督署からの是正勧告や指導
- 労働者からの訴訟・申立による損害賠償請求
- 労使関係の悪化・社内不信感の拡大
- 企業イメージの毀損やSNSでの炎上による社会的制裁
とくに、労働者本人が自ら望んで買い取りを選んだとしても、それが会社の制度として常態化している場合、違法性が問われる可能性は極めて高いです。
このようなリスクを回避するためには、法に基づいた有給休暇管理と、労働者が安心して休暇を取得できる職場環境の整備が不可欠だといえるでしょう。
買い取りが例外的に認められる3つのケース
原則として禁止されている有給休暇の買い取りですが、一定の条件下では合法的に行うことが認められています。
これらはあくまでも「例外的な取り扱い」であり、会社が独自に判断して自由に運用できるわけではありません。以下では、具体的にどのようなケースで買い取りが可能になるのかを整理します。
法定付与日数を超える有休の買い取り(会社独自分)
労働基準法により、年次有給休暇は労働者の勤続年数に応じて「最低限の付与日数」が定められています。しかし、企業によっては福利厚生の一環として、法定を上回る「上乗せ有給日数」を付与している場合があります。
この法定外の有給休暇については、買い取りを行っても法的に問題ありません。というのも、労働基準法の規制はあくまで「法定分」に適用されるものであり、会社の裁量で与えられた分に対しては、休暇の性質や取り扱い方針を自由に決めることができるからです。
ただし、制度設計の際には、買い取り条件や対象者の範囲を明文化し、就業規則等に明記しておくことが望ましいでしょう。
消滅時効(2年超)後の有休日数の買い取り
年次有給休暇には「2年間の時効」が定められており、未使用のまま2年を超えた有給は自動的に消滅します。この時効によって権利が消滅した日数分、企業側が自主的に買い取る行為も、例外的に容認されています。
この対応は、従業員の福利厚生を考慮し、有給を無駄にしないための配慮として導入されるケースが見られます。もちろん義務ではありませんが、長期勤務者への感謝の一環として制度化する企業もあります。
ただし、時効後の有給は本来「権利が失われる」ものであるため、制度設計時には過度な期待を抱かせないよう、慎重な説明とルール設定が求められるでしょう。
退職時の未消化有休買い取りの取り扱い
退職時において、従業員が未消化の有給休暇を保持している場合、そのすべてを退職日までに消化させるのが原則です。しかし、業務の都合などにより消化が困難なケースでは、退職日以降に残日数分を買い取ることも例外として認められています。
このケースは最も一般的な「有給買い取りの例外」であり、労働者にとっても退職時の重要な金銭的補填となり得ます。会社としては、退職日までにどのように対応するかを明確にし、トラブルを防ぐためのガイドラインを整備しておくことが重要です。
また、買い取りの金額算定方法(通常の賃金換算か、平均賃金か)について、あらかじめ社内で整理しておくと実務上の混乱を防げるでしょう。
有給休暇買い取り時の計算方法
有給休暇の買い取りを例外的に行う場合、企業としては適正な計算方法と正確な会計処理を理解しておく必要があります。とくに労働基準法や社会保険の制度において、用いる「賃金の種類」によって金額や手続きが大きく異なるため注意が必要です。ここでは、主な3つの計算方式の違いと、会計・税務上の実務対応について詳しく解説します。
「平均賃金」「通常の賃金」「標準報酬日額」による計算の違い
有給休暇の買い取りに用いられる賃金の算定基準には、主に以下の3つがあります。
- 平均賃金:過去3か月間の賃金総額を元に算出
- 通常の賃金:労働者が通常の勤務日に受け取る1日分の給与
- 標準報酬日額:社会保険料計算に用いられる基準日額(健康保険法等に基づく)
買い取りの場面では、一般的に「通常の賃金」または「平均賃金」が用いられますが、選定にはルールと実務慣行が影響します。
平均賃金方式の計算例
平均賃金は、以下の計算式によって求めます。
(直前3か月間の総支給額 ÷ その期間の総日数)
たとえば、以下のような場合、
- 総支給額:90万円(3か月)
- 日数:92日間
平均賃金 = 90万円 ÷ 92日 = 約9,783円/日
上記の単価に未消化の有給日数を掛けた額が買い取り対象となります。
通常賃金方式の計算ルール(例:月給制/日給制)
通常の賃金とは、原則として「1日の所定労働時間に対応する賃金額」を指します。計算方法は給与形態により異なります。
- 月給制の場合
- 月給30万円 ÷ 月平均所定労働日数20日 = 1日あたり15,000円
- 日給制の場合
- 日給1万円 × 未使用日数
企業によっては、こちらの方式のほうが簡便なため実務で多く採用されている傾向があります。
違法リスク回避の実務対応
有給休暇の買い取りに関する違法リスクを回避するには、制度そのものへの理解だけでなく、社内体制の整備や運用方法の工夫も不可欠です。企業が適切に対応するためには、日常的な労務管理の改善と予防的措置を組み合わせることが重要といえるでしょう。以下に、現場で実践できる具体的な対応策を紹介します。
未取得有休の計画的付与の仕組み化
有給休暇の取得を促進する最も効果的な方法の一つが、「計画的付与制度」の導入です。これは、労使協定に基づき、年次有給休暇のうち5日を超える部分について、会社が時期を指定して一斉に取得させることができる制度です。
計画的付与を制度化することで
- 有給の消化率が安定的に向上
- 長期的な有給残の蓄積を防止
- 買い取りの必要性自体を低減
といった効果が期待できます。
とくに工場や店舗など、全社一斉に休暇を取りやすい業種では非常に有効な手段といえるでしょう。
定期的な有休取得状況のモニタリング
従業員ごとの有給取得状況を「見える化」し、管理職や人事部門が定期的にチェックする体制も、リスク回避には欠かせません。以下のような施策が有効です。
- 年2回以上の取得状況レポート作成
- 有休残日数が一定以上の従業員へのアラート通知
- 部署ごとの取得率ランキングと改善指導
とくに、年5日の取得義務を満たさない従業員が出ないよう、人事システムを活用してモニタリングを自動化するのが効果的です。
トラブル事例と対策:内部・外部調査の活用
過去には、有給の未取得が常態化していた企業が、労働基準監督署の調査を受けたり、元従業員から買い取り請求を受けて訴訟に発展したケースも報告されています。こうしたリスクを未然に防ぐには、トラブル事例をもとに自社の制度を見直すことが大切です。
効果的な対策としては
- 労働者アンケートなどによる内部実態調査
- 社労士や弁護士による外部労務監査の導入
- 問題が顕在化した部署への重点指導
といった方法があります。特に労使トラブルは一度発生すると社内外に波及するため、事前のチェック体制と第三者視点の導入が鍵を握るといえるでしょう。
有給休暇買い取りに関するよくあるQ&A
有給休暇の買い取りについては、制度の解釈や運用方法に関して多くの企業担当者が疑問や懸念を抱いています。ここでは、よくある質問に対して、労務管理の観点から実務的な解説を加えたQ&A形式でお答えします。
従業員から有給の買い取りを求められたが、会社として断った場合、トラブルに発展しないか心配です。
原則として問題ありません。
法定有給休暇の買い取りは違法とされているため、企業側が断るのは正当な対応です。重要なのは、断る際の説明責任と配慮です。単に「ダメです」と突き放すのではなく、
- 法的に買い取りができないこと
- 休暇の取得を促進することが会社方針であること
を丁寧に伝えることで、不満や誤解を最小限に抑えられます。さらに、計画的付与や取得奨励キャンペーンを通じて、有給休暇の活用を推進していく姿勢が求められるでしょう。
実際に有給買い取り制度を導入している企業の例はありますか?
法定外の有給休暇や退職時買い取りを制度化して成功している企業は存在します。
たとえばとあるIT業界の会社では、福利厚生として法定外の特別有給を付与し、未使用分は年末に買い取りを行う制度を導入。これにより、
- 労働者のモチベーション向上
- 有給管理の明確化
- 離職率の低下
といった成果が得られたと報告されています。
ただし、「法定有給の買い取り」は行っておらず、法的リスクは排除されております。制度導入の際は、自社の労働環境や業種特性に応じた設計が成功のカギとなります。
未消化の有給について、買い取りと積立のどちらを導入すべきでしょうか?
企業の運用目的と制度設計の柔軟性によって選択肢が異なります。
- 買い取り制度
- 即時的な金銭的メリットを従業員に提供。退職時や法定外分に限定すれば合法。
- 積立制度
- 一定の条件下で未消化有給を繰越し、看護休暇・介護休暇などに転用可能。福利厚生としての価値が高い。
とくに近年は、ライフイベントに備えた「ストック休暇制度(積立有給制度)」を導入する企業が増加傾向にあります。長期的な視点で福利厚生の充実を図るなら、積立制度の方が柔軟性と継続性に優れていると言えるでしょう。
まとめ:合法的な枠組みで、有給の適切な管理を
有給休暇の買い取りは原則として禁止されていますが、一定の例外条件を満たせば合法的に実施することも可能です。
重要なのは、制度の目的を正しく理解し、法令に準拠したうえで社内ルールを整備すること。適切な管理と運用によって、従業員満足度とコンプライアンスの両立が図れるでしょう。



