36協定がない会社は違法?パート雇用だけなら問題ない?社労士が解説

経営者や人事労務担当者の方から「36協定は作成していないが、何か問題はあるのか?」というご相談をいただくことがあります。
個人事業主お一人で事業をしていたり、経営者や役員のみで構成されている会社であれば36協定の作成は必要ありませんが、従業員を雇用していると状況によっては36協定の締結が必須となります。
今回のコラム記事では
- 36協定の基本的な事項
- 36協定を締結しない場合は違法になるのか?
- これから36協定を締結する場合の手順や流れ、注意点
上記について、詳しく解説いたしますのでぜひご参考ください。
矢野 貴大
TSUMIKI社会保険労務士事務所/代表・社会保険労務士
金融機関・社会保険労務士法人・国内大手コンサルティング会社を経て大阪で社会保険労務士事務所を開業。
25歳で社労士資格を取得した後、社会保険労務士・経営コンサルタントとして延べ200社を超える企業・経営者をサポートする。その経験を活かし「想いを組み立て、より良い社会環境を形づくる」というMISSIONに向かって日々活動中。

36協定とは:基本的な理解
まず前提として、36協定とは「時間外・休日労働に関する協定届」の通称であり、労働基準法第36条に関連することから「36協定」として広く呼ばれています。
この36協定は企業が従業員に法定労働時間を超える残業や休日労働をさせる際に必要不可欠な労使間の取り決めです。
まずは36協定を正しく理解し、適切に運用することは、労働環境の改善と企業のコンプライアンス遵守において極めて重要ですので、基本的な事項について確認しましょう。
36協定の目的と法的根拠
36協定を作成は、法定で定められている労働時間を超える場合や休日労働が発生時に「労働基準法違反ではなくなる」ことを目的としています。
法的根拠となる労働基準法第36条では次のように定められています。
(時間外及び休日の労働)第三十六条
使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、厚生労働省令で定めるところによりこれを行政官庁に届け出た場合においては、第三十二条から第三十二条の五まで若しくは第四十条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この条において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。
e-GOV「労働基準法」
上記の条文から、使用者(会社)が労働者の代表と書面による協定を結び、労働基準監督署に届け出ることで法定労働時間を超える労働や休日労働を命じることが可能となるのです。
36協定がない場合は違法なのか?
重複いたしますが、36協定を締結することで会社は下記2つの労働を命じることができます。
- 法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超える残業を命じる(=時間外労働を命ずる)
- 法定休日(週1日または4週間で4日)に労働を命じる
上記を前提に、36協定がない会社が違法になるケースや、正社員がおらずパートのみの会社での対応方法について解説いたします。
結論:時間外労働・休日労働がない場合は違法ではない
36協定は前述までの通り、従業員に対して時間外労働(残業)や休日労働を命ずる場合に必要となる協定です。
労働基準法において、労働時間は
- 法定労働時間
- 労働時間は1日8時間・1週間40時間以内にする必要がある
- 法定休日
- 1週間に1回の休日を与える必要がある(場合によっては4週間に4日の休日でも可)
上記のように制限があります。
このような「法定労働時間」や「法定休日」を超えて仕事をすることがないのであれば36協定の締結・届け出がなくとも違法ではありません。
法定労働時間の根拠条文をみる
(労働時間)第三十二条
①使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。
②使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。
法定休日の根拠条文をみる
(休日)第三十五条
①使用者は、労働者に対して、毎週少くとも一回の休日を与えなければならない。
②前項の規定は、四週間を通じ四日以上の休日を与える使用者については適用しない。
法定内残業の場合も36協定がなければ違法?
会社によっては、1日の労働時間が「7時間」のように、法律で定められている8時間よりも短い場合があります。
このように会社で定める労働時間を「所定労働時間」と呼びますが、この所定労働時間の範囲によって36協定が不要なケース・必要となるケースを下記一覧化しておりますので、ご確認くださいませ。
所定労働時間 | 法定内残業 | 時間外労働 | ||
法定内残業の範囲 | 36協定の必要性 | 時間外労働の範囲 | 36協定の必要性 | |
1日7時間の企業 | 7時間〜8時間までの1時間 | 不要 | 8時間以降 | 必要 |
1日7時間30分の企業 | 7時間30分〜8時間までの30分 | 不要 | 8時間以降 | 必要 |
1日8時間の企業 | 法定内残業は無し | 8時間以降 | 必要 |

上記の一覧表に記載の通り、「法定内残業」の範囲でしか残業がないのであれば36協定は不要です。とはいえ、実務的には時間外労働が1分も発生しないことは少ないと思いますので36協定の整備をしておくと安心です。
パートのみの会社であれば36協定は不要?
労働基準法に定められている労働時間の規制は、正社員だけでなくパートタイマーやアルバイト、その他名称を問わず従業員として雇用される場合は適用されます。
そのため、たとえパートタイマーを1名だけ雇用している場合であっても、時間外労働や休日労働を命ずる場合のであれば36協定を締結・届け出する必要があります。
実務上では、雇用形態の特徴からパートタイマーが「1日8時間・1週40時間」を超えたり、休日労働を行うことは少ないと思われます。ただし、1日に1分でも残業を行う(=8時間1分の勤務)可能性がありましたら、36協定の整備をしておきましょう。
重要なのは、たとえ1人の従業員に対してであっても、上記の条件に該当する労働を命じる可能性がある場合は、36協定の締結と届出が必要となることです6。適用範囲は広範囲に及び、正社員だけでなくパートタイムやアルバイト従業員も含まれます。また、事業所ごとに締結する必要があるため、本社だけでなく支店や営業所などでも個別に36協定を結ぶ必要があります8。36協定を締結せずに法定外労働を命じた場合、企業は労働基準法違反として罰則(6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金)の対象となる可能性があります4。そのため、従業員の労働時間管理と36協定の適切な運用は、企業にとって法令遵守の観点から非常に重要な課題となっています。
役員しかいない場合は?
従業員を採用しておらず、経営者一人で事業をしていたり、役員だけで構成されている企業であれば労働基準法の対象者がいないため、36協定の締結は不要となります。
経営者や役員は労働基準法で定められる「労働者」ではありませんので、1日8時間・1週40時間の規制等を受けません。経営者や役員のみで構成されており、経営陣が長時間勤務していたとしても36協定がなくとも違法ではありません。
複数の拠点・店舗がある場合は?
36協定は、各事業所ごとに締結する必要があります。
そのため本社だけでなく支店や各種営業拠点や店舗を運営しており、従業員が勤務しているかつ時間外労働や休日労働を行うのであれば、個別に36協定を結ぶ必要があります
A店舗で36協定を締結・届け出している場合でも、B店舗では36協定がない場合、B店舗で時間外労働や休日労働を行ってしまうと違法ですのでご注意ください。
36協定がない会社で時間外労働が発生していたらどうなる?
36協定を締結せずに時間外労働や休日労働が発生していた場合、3つのリスクがあります。
- 罰則
- 労働基準監督署からの是正指導
- 労働局のHPに違反企業として公表
各種どのような内容なのか、確認していきましょう。
罰則のリスク
36協定を締結せずに法定外労働を命じた場合、企業は労働基準法違反として罰則の対象となり
- 6ヶ月以下の懲役
- 30万円以下の罰金
を科せられる可能性があります。
罰則の対象者は企業(および経営者)はもちろんのこと、人事労務の責任者、場合によっては各種拠点の店長(事業場を統括している方)まで範囲が広がりますので注意してください。
労働基準監督署からの是正指導
2つ目のリスクは労働基準監督署からの是正指導となります。
36協定の整備を怠っていながら時間外労働・休日労働を命じているからといって前述の罰則を受けることは少ないですが、確実に労働基準監督署から是正指導の対象です。
もし指導を受けたにも関わらず36協定の締結・届け出を拒否した場合には書類送検されることもありますので真摯に受け止めて対応しましょう。
下記コラムで労働基準監督署の指導・是正勧告を無視した場合のリスクを解説しておりますので、併せてご一読ください。


労働局のHPに違反企業として公表
3つ目のリスクは、「労働基準関係法令違反に係る公表事案」として労働局のホームページ上にて
- 企業名
- 所在地
- 違反している法律
- 違反内容の概要
上記の内容が公表されることです。
労働局のホームページに掲載される以上、誰でも閲覧が可能になります。
自社の名前が各種法令違反をしているとして掲載されてしまうと、それを知った従業員や求職希望者にネガティブな印象を与えてしまうことは間違えありません。
最新情報の例として、大阪労働局では令和6年10月に下記事案が公表されています。(会社名・所在地は伏せておりますが、労働局のホームページでは閲覧可能です。)


36協定の作成と届出方法について
36協定は、企業が従業員に法定労働時間を超える残業や休日労働を命じる際に必要な労使協定です。
適切に作成し、労働基準監督署に届け出ることで、法的に認められた範囲内での労働が可能となります。36協定がない会社で、これから整備を進められる場合はご参考ください。
36協定の基本的な記載事項
36協定を作成する際には、以下の基本的な事項を記載する必要があります。
- 基本情報
- 企業名、所在地、労働保険番号
- 時間外労働や休日労働を行う理由(職種ごとに必要)
- 例:受注の集中、製品不具合への対応
- 延長可能な時間
- 1日、1ヶ月、1年を単位として、何時間延長するのか
- 有効期間
- 36協定の有効期間を設定。通常は1年を単位として、毎年作成・届け出を推奨


特別条項付き36協定の作成ポイント
特別条項付きの36協定は、通常の上限を超えて時間外労働が必要な場合に適用されます。この場合、以下の点に注意して作成しましょう。
- 特別な事情
- 特別条項は、予期し得ない事態や特別な事情がある場合に限り認められます。具体的な状況(例:大規模なクレーム対応や突発的な受注増加)を記載する必要があります。
- 健康管理措置
- 労働者の健康と福祉を確保するための措置(例:医師による面談)についても明記します。
- 上限時間
- 特別条項でも年間720時間以内など法で定められた上限を超えないよう設定が必要です。


労働基準監督署への届出手順
36協定の基本的な事項が整理できた後、労使協定として「使用者(会社)」と「労働者の代表」とが締結する必要があります。労働者の代表とは
- 労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労働組合
- 労働組合がない場合は労働者の過半数を代表する者(ただし、次の2つに該当する必要がある)
- 監督または管理の地位にある者でないこと。
- 過半数を代表する者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続で選出された者(民主的な方法で選出された者)であること。
となっております。
36協定の内容に疑義がなく、締結できるのでれば労働者代表に署名・押印をもらいましょう。
なお、労働者代表の選出方法や注意点については下記コラム記事で詳しく解説していますので、併せてご一読いただければ幸いです。


労働基準監督署に届け出を行う
作成・締結した36協定は、労働基準監督署に届け出・受領されることで書面として有効になります。
届け出の方法は
- 直接労働基準監督署の窓口に持ち込む
- 郵送
- 電子申請
上記3つのやり方があります。なお窓口に持ち込む場合や郵送する場合は、必ず「労働基準監督署への提出用」と「会社控え用」の2枚用意しておきましょう。
労働基準監督署に届け出をしていない場合、その36協定は法的効果がありませんので注意が必要です。また、届出日以降に効果が出る点も気をつけましょう。
36協定の運用に関する注意点
36協定は、締結・届け出だけでは不十分です。
従業員への周知、労働時間管理による協定内容の遵守をしなければ意味がありません。特に注意すべき事項を解説いたしますので必ず確認しておきましょう。
注意点①従業員への周知
36協定の届け出まで完了できましたら、最後に従業員への周知を忘れずに行いましょう。
周知の方法は
- 各作業場の見やすい場所に掲示または備え付ける
- 書面で従業員に交付する
- 磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずるものに記録し、従業員が内容の確認ができる機器を設置する。(パソコン等でも可)
上記にて行う必要があります。
近年では社内のイントラネットやクラウドストレージを利用して、PCやスマートフォンから閲覧できるようにしている会社が多いように感じます。
ただし、会社の機密書類に該当しますので、安易に持ち出しができないようにセキュリティもご注意ください。(あくまでも閲覧だけで、ダウンロードができないように制限するなどの対応が望ましいです)
36協定の周知に関する法的根拠をみる
(法令等の周知義務)第百六条
使用者は、この法律及びこれに基づく命令の要旨、就業規則、第十八条第二項、第二十四条第一項ただし書、第三十二条の二第一項、第三十二条の三第一項、第三十二条の四第一項、第三十二条の五第一項、第三十四条第二項ただし書、第三十六条第一項、第三十七条第三項、第三十八条の二第二項、第三十八条の三第一項並びに第三十九条第四項、第六項及び第九項ただし書に規定する協定並びに第三十八条の四第一項及び同条第五項(第四十一条の二第三項において準用する場合を含む。)並びに第四十一条の二第一項に規定する決議を、常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること、書面を交付することその他の厚生労働省令で定める方法によつて、労働者に周知させなければならない。
e-GOV「労働基準法」
注意点②定期的に更新が必要
36協定の作成時に、36協定の有効期間を定める必要があります。そのため、一度作成したから今後準備が不要な書類ではなく、毎年、締結・届け出・周知する必要がある書類として認識しておきましょう。
36協定の更新を忘れたままにしておくと、気づかぬうちに法令違反の状態が続いていることになります。更新忘れを防ぐためにも、社会保険労務士にアウトソーシングすると安心かと思います。
注意点③労働時間の管理は必須
36協定を締結・届け出していても、時間外労働・休日労働の残業時間数は上限があります。
- 原則、月45時間、年360時間の管理
- 特別条項を付けた場合
- 月100時間未満、複数月平均80時間以内(ただし、年間を通して6回まで)
- 年720時間以内
- 月100時間未満、複数月平均80時間以内の厳守
- 注意点
- ただし、36協定を締結する際に定めた上限が上記に記載されている時間数よりも短い場合は、その時間数が上限になります。
これらの上限を超えないよう、勤怠管理システムを導入してリアルタイムに残業時間を管理したり、アラート機能を設定して上限に近づいた従業員がいる場合は早めに対応を取ることが重要です。
また、部署ごとの残業時間傾向を分析し、特定の部署や個人に負荷が集中していないか定期的にチェックすることも効果的です。
まとめ
36協定がないからとって、ただちに違法になるわけではありません。とはいえ、時間外労働が1分も発生しない会社は多くないと思われますので、安心できる環境整備のために36協定は用意されることを推奨いたします。
36協定の締結を単なる法的手続きとして捉えるのではなく、企業と従業員が労働時間について互いに理解し合い、健全な労働環境を築くための重要な機会と考えていただければ幸いです。
もし36協定に関するお困りごとがありましたら、お気軽にお問い合わせください。