サインオンボーナス・サインアップボーナスとは?制度・注意点を社労士が解説

サインオンボーナス・サインアップボーナスの制度はご存知でしょうか?
近年、優秀な人材獲得に向けて採用市場は激化する業界があります。特にIT業種や事業拡大を目指すスタートアップ企業ではこの制度を導入していたり、これから検討されておられる場合が見受けられます。
一方で、サインオンボーナス・サインアップボーナスの制度の仕組みや運用方法については馴染がないことがありますので、今回のコラム記事では
- サインオンボーナスの基本的事項や法的側面
- 効果的な制度設計
にフォーカスをあてて解説いたします。

サインオンボーナスは、人材獲得に効果的な制度でもありますが、当然注意いただくべきポイントもあります。うまく制度を利用して採用戦略を構築しましょう!
矢野 貴大
TSUMIKI社会保険労務士事務所/代表・社会保険労務士
金融機関・社会保険労務士法人・国内大手コンサルティング会社を経て大阪で社会保険労務士事務所を開業。
25歳で社労士資格を取得した後、社会保険労務士・経営コンサルタントとして延べ200社を超える企業・経営者をサポートする。その経験を活かし「想いを組み立て、より良い社会環境を形づくる」というMISSIONに向かって日々活動中。


サインオンボーナスの基本的な考え方
サインオンボーナスおよびサインアップボーナスは、企業が新たな人材を獲得する際に活用できる制度の一つです。
優秀な人材の確保と円滑な転職を促進する効果が期待できますので、まずはサインオンボーナスの基本的な考え方と、関連する用語との違いについて詳しく解説いたします。
サインオンボーナスとは?定義や目的
サインオンボーナスとは、一言で表すと「入社一時金(入社祝い金)」のことです。
この制度が支給される目的としては
- 優秀な人材の獲得
- 競争の激しい業界で、高いスキルや経験を持つ人材を引きつけるためのインセンティブとして機能させている
- 転職に伴う経済的負担の軽減
- 前職からの年収減少を補填し、転職者の経済的不安を軽減している
- 企業の魅力度向上
- IT業種など求人市場が激化している場合等、自社ブランドをアピールする取り組みとして活用されている
上記のような観点から整備されており、特に外資系企業やIT業界、優秀な人材獲得を目指すスタートアップ企業等で活用が進んでいます。
サインオンボーナスと類似的な制度
サインオンボーナスの他に、
- サインアップボーナス
- サイニングボーナス
といった呼び方をする制度がありますが、実質的にサインオンボーナスと同じ考え方となります。両者の違いは主に表記の違いであり、意味や目的に大きな差異はありません。
入社祝い金との違いはある?
前述の通り、サインオンボーナス自体が「入社一時金(入社祝い金)」の性質をもっていますので、呼び方の違いであり、制度自体に大きな違いはありません。
ただ日本においては「入社祝い金」という名称には新しい門出を祝福する意味合いもあり、考えとしては下記のような違いがあるかもしれません。
サインオンボーナス | 入社祝い金 | |
---|---|---|
支給する目的 | 人材獲得と転職に伴う経済的負担の軽減が目的 | 新入社員の門出を祝福する意味合いが強く、金額も比較的少額 |
支給対象者 | 主に中途採用者や経験豊富な専門家が対象 | 新卒採用者を含む、より幅広い層が対象 |
支給金額 | 数十万円から数百万円程度 | 数万円程度 |
支給される条件 | 一定期間の勤務や業績目標の達成など、特定の条件が付されることが多い | 特別な条件は付されない。 |
サインボーナスや入社祝い金の制度については、名称にとらわれず「どのような目的で制度化するのか」が重要な論点です。適切に設計・運用することで、企業と従業員の双方にとって有益なツールとなり得るのです。
サインオンボーナスの仕組みと運用
サインオンボーナスは、企業の人材獲得戦略において重要な役割を果たす制度です。
効果的に活用するためには、適切な支給額の設定、明確な条件の提示、そして適切な会計処理(給与計算)が不可欠となります。サインオンボーナスの具体的な仕組みと運用方法について詳しく確認していきましょう。
サインオンボーナスの一般的な支給額と支給方法
サインオンボーナスの支給額は、業界や職種、求める人材のレベルによって大きく異なります。一般的な傾向として、以下のような範囲が見られます。
- 一般的な日本企業:数十万円から200万円程度
- 外資系企業やハイレベルな専門職:数百万円
支給方法についても、主に以下の2つのパターンがあります。
- 一括支給:入社時に全額を支給する方法
- 分割支給:入社時に一部を支給し、残りを一定期間に分割して支払う(もしくは残額を一定期間経過後にまとめて支払う)方法
分割支給の場合、例えば「入社時に50%、1年後に残り50%」であったり、「入社時に50%、残額は12分割し、毎月の給与に上乗せして支払う」といった形式があります。これは、従業員の定着を促す目的といえるでしょう。
サインオンボーナスの支給条件と返還規定
サインオンボーナスの支給をする際に「早期に退職されると困るため、一定期間の勤務は必要にしたい。もしその期間内に退職した場合は返金してほいい」と考える方もいらっしゃると思います。
注意点としては例えば、「入社1年以内に自己都合退職した場合は全額返還」といった条件は過去の裁判において
- 労働基準法第5条(強制労働の禁止)
- 使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神または身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。
- 労働基準第13条(労働基準法違反の契約)
- この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。
- この場合において、無効となった部分は、この法律で定める基準による。
- 労働基準法第16条(賠償予定の禁止)
- 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、または損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
- 民法90条(公序良俗)
- 公の秩序または善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
上記法律に抵触することから、無効であると判断されたケースがあります。
そのため、サインオンボーナスの制度を策定する場合には「入社時に一括して支給し、一定期間の勤務がなければ返金してもらう」ではなく「一定期間の勤務後に支給する」といったルールが運用上では現実的かと考えられます。
サインオンボーナスの税務上・社会保険上の取り扱いについて
サインオンボーナスの税務上の取り扱いは、支払われ方・制度内容によって異なる場合がありますので、留意しましょう。
一般的な考え方としては「雇用契約後に、支払う(=労務や役務の対価として支払われるもの)」ケースが多いと思いますが、この場合は
- 税務
- 雇用契約を締結しているため、給与所得に該当するため所得税の計算が必要
- 毎月支払われる給与とは別のため「賞与」に該当する
- 雇用保険および社会保険
- 労働者が労働の対償として受けるものに該当するため、(従業員が雇用保険・社会保険に加入するのであれば)雇用保険料・社会保険料の計算が必要
上記のように、適切な処理が必要となります。



サインオンボーナスといっても、所得税や各種保険料の計算が必要になるケースは多いと思います。制度設計や運用にご不安ありましたら、専門家に相談されることをおすすめいたします。
サインオンボーナス導入のメリットとデメリット
サインオンボーナスの導入は、企業の人材戦略に大きな影響を与えることになります。
この制度には、企業と従業員の双方にとって様々なメリットがある一方で、慎重に検討すべき点も存在しますので、サインオンボーナス導入のメリットとデメリット、そして注意すべきポイントについて確認してみましょう。
企業側のメリット
サインオンボーナスの導入において、企業側のメリットは
- 優秀な人材の獲得
- 初年度の給与調整
上記二点が考えられます。
優秀な人材の獲得
サインオンボーナスは、高度なスキルや豊富な経験を持つ人材を引きつける強力な武器となります。
例えば、魅力的なサインオンボーナスを提示することができれば競合他社よりも差別化することができ、求職者の方から応募やオファー承諾率が増加することが考えられます。
また、優秀な人材を獲得できるのであれば、採用活動を長く行うコストとサインオンボーナスに必要なコストを比べて、トータルで費用を抑えられる可能性も考えられます。
初年度の給与調整
次に、サインオンボーナスは給与体系の柔軟な設計にもつながります。
例えば、転職希望者の年収が採用予定年収を上回る場合、サインオンボーナスで初年度の総報酬を調整することができ、交渉しやすくなる場合があります。
従業員側のメリット
次に、求職者目線ではどのようなメリットがあるでしょうか。こちらも
- 転職に伴う収入減の補填
- キャリアアップの機会獲得
上記二点が考えられます。
転職に伴う収入減の補填
1つ目のメリットは、転職者自身の経済的不安を軽減する役割を果たす点です。
例えば引っ越し費用や新しい環境への適応コストなど、転職に伴う様々な出費をカバーすることができます。
キャリアアップの機会
2つ目は、単なる金銭的メリット以上の価値につながる可能性です。近年ではベンチャー企業を希望する転職者の方も増えているように感じますが、給与水準に不安を抱えることもあります。
サインオンボーナスのように通常の給与とは他に支給が受けられる制度があれば、新しい環境へのチャレンジ意欲が高まることがあり、結果として本人のキャリアアップにつながることも考えられます。
導入における注意点と潜在的なリスク
サインオンボーナスは、採用を強化されたい企業にとっては魅力的な制度でもありますが、導入においては注意点・リスクがございます。下記ポイントになりますので、ご確認ください。
- 既存従業員との公平性
- サインオンボーナス導入前後における新規入社の方で不公平感が発生することがあります。既存従業員のモチベーション低下にならないように、既存従業員向けのリテンションボーナスの導入なども検討する必要があります。
- 短期的な人材流出
- サインオンボーナス目当ての転職者が、支給後すぐに退職するリスクがあります。
- 単に入社直後に支払うのではなく、一定期間の在籍を必要にするなど支給方法は慎重に決定しましょう。
- コストの増大
- 過度に高額なサインオンボーナスは、企業の財務を圧迫する可能性があります。
- 慎重な予算計画および人材採用計画と、ROIの分析が不可欠となります。
- 法的リスク
- 返還規定を設ける場合、労働基準法違反となる可能性があります。
- 社会保険労務士等に相談の上、適切な制度設計を行いましょう。
- 企業文化への影響:
- 過度にサインオンボーナスに依存した採用は、企業文化や組織の一体感を損なう可能性があります。
- 金銭以外の魅力(企業理念、成長機会など)も併せて訴求することが重要となります。
サインオンボーナスは、適切に設計・運用することで、企業の人材戦略に大きな効果をもたらす可能性があります。
しかし、その導入には慎重な検討と綿密な計画が必要です。メリットとデメリットを十分に理解し、自社の状況に合わせた最適な制度設計を行うことが成功の鍵になるでしょう。
サインオンボーナスに関するQ&A
サインオンボーナスの導入を検討する企業や、この制度について知りたい求職者の方々から多くの質問が寄せられています。
この章ではよくある質疑応答、企業がサインオンボーナスの導入を検討する際に確認すべきポイントをチェックリスト形式でまとめております。
これらの情報を参考に、サインオンボーナスについての理解を深め、効果的な活用方法を見出してください。
よくある質問と回答
サインオンボーナスは課税対象になりますか?
通常は課税対象となります。支給のタイミングや性質によって、給与所得として扱われ、源泉徴収の対象となります。労働保険料や社会保険料についても注意してください。
サインオンボーナスの金額に上限はありますか?
法律上の上限はありませんが、一般的には数十万円から数百万円程度が多いようです。業界や職種、求める人材のレベルによって大きく異なります。
サインオンボーナスは返還を求めることができますか?
サインオンボーナスの返還条件は労働基準法や民法に抵触する可能性があるため注意が必要です。仮に返金制度を設けたとしてもトラブル発生時に無効として判断されることも考えられます。
導入を検討する際のチェックリスト
サインオンボーナスの導入を検討されている企業様向けに、チェックリストを作成しております。下記の内容をご確認いただきながら「自社に本当にサインオンボーナスが必要なのか?」整理いただければ幸いです。
目的の明確化
- 優秀な人材の獲得が主目的か
- 前職からの年収ギャップを埋めるためか
- 他社との差別化を図るためか
予算の確認
- サインオンボーナスの支給額の範囲を決定
- 年間採用計画との整合性を確認
支給条件の設定
- 対象となる職種や職位の特定
- 必要なスキルや経験の基準を明確化
支給方法の決定
- 一括支給か分割支給かを決定
- 支給のタイミングを設定(入社時、試用期間後など)
法的側面の確認
- 労働基準法との整合性を確認
- 返還規定を設ける場合の法的リスクを検討
税務・会計処理の確認
- 給与所得または雑所得としての取り扱いを決定
- 社会保険料の算定方法を確認
既存従業員への影響考慮
- 公平性を保つための施策を検討
- 社内の給与体系との整合性を確認
契約書・規定の整備
- サインオンボーナスに関する条項を雇用契約書に追加
- 就業規則や給与規程の改定を検討



サインオンボーナスの導入は、優秀な人材の獲得や競争力の向上につながる可能性がある一方で、慎重な検討と適切な運用が求められます。このチェックリストを活用し、自社の状況に合わせた最適な制度設計を行っていただければと思います。
まとめ:サインオンボーナス活用の今後と展望
サインオンボーナスの活用は、今後ますます多様化・高度化していくと予想されます。人材不足が深刻化する中、優秀な人材を確保するための手段として、その重要性は一層高まるでしょう。一方で、単なる金銭的インセンティブだけでなく、企業の価値観や成長機会とのバランスを取ることが求められます。
複雑な制度を自社だけで最適化することは容易ではありませんので、サインオンボーナス制度の設計や運用でお困りの際は、ぜひ弊社にご相談ください。
貴社の状況に合わせた最適なサインオンボーナス制度の構築をサポートいたします。人材獲得戦略の強化から、法的リスクの回避まで、包括的なソリューションを提供いたします。