人手不足であれば残業は強制できる?残業指示に関する適切な対応を解説
近年、働き方改革をきっかけに労働時間や残業の考え方は変化しており、従業員の意識もワーク・ライフ・バランスにシフトしている傾向にあります。
経営者からすると「人手不足なのだから、残業もしてほしい」と頭を悩ませることもあるでしょう。しかしながら、残業を指示するにしても法律を理解し、適切な対応を取らなければ労務トラブルの種になるため注意が必要です。
今回のコラム記事では、残業の強制とパワハラの線引き、残業指示が違法となる可能性やそのリスク、正社員やアルバイトといった雇用形態別の取り扱いから、従業員から残業拒否をされた場合の対応についてそれぞれ詳しく解説します。
経営者・人事担当者の方はぜひご一読いただき、日々の労務管理にお役立てください。
矢野 貴大
TSUMIKI社会保険労務士事務所/代表・社会保険労務士
金融機関・社会保険労務士法人・国内大手コンサルティング会社を経て大阪で社会保険労務士事務所を開業。
25歳で社労士資格を取得した後、社会保険労務士・経営コンサルタントとして延べ200社を超える企業・経営者をサポートする。その経験を活かし「想いを組み立て、より良い社会環境を形づくる」というMISSIONに向かって日々活動中。
働き方改革と人手不足・残業時間が経営課題となる現代
日本の労働環境は、2019年の働き方改革をきっかけに、ここ数年で大きな変化を遂げています。
働き方改革の波が全国に広がり、従業員の健康やワークライフバランスへの意識が以前よりも高まってきた中で、経営者や人事担当者は「法令遵守」と「現場での実情」にジレンマを抱えるとお聞きすることが増えています。
人手不足時代の経営者・人事担当者のジレンマ
現代の日本では、高齢化社会とともに労働力人口が減少し、多くの産業で人手不足が叫ばれるようになってきました。新型コロナウイルスの感染拡大により一時的に産業が緩やかになったため、人手不足感は薄れてはいますが、中小企業や地方の企業での求人活動は難航することがあります。
その一方で、働き方改革の動きや法令遵守は止まることはありませんので、従業員の残業時間を減らすことが経営課題となっています。
この二つの動きが交差することで、経営者や人事担当者は「業務の拡大と人手不足」という外部環境と「働き方改革という社内・社会的な要請」との間で頭を悩ませておられるのではないでしょうか。
残業を増やして業務をこなすことは、現在の社会的な風潮や法律の変化から、難しいものとなっており、この状況下での経営判断は一筋縄ではいきません。
残業の背後にある経営の課題
多くの企業が直面する残業問題は、単に「仕事が多いから」という単純な理由だけではありません。
例えば
- 業務プロセスの非効率性
- 取引先との関係性
- 従業員のスキルやモチベーション
こういった多岐にわたる要因から「残業をしなければ仕事が回らない」という環境につながることがあります。
業務プロセスの見直しや効率化が進められていない企業では、従業員一人一人の負担が大きくなり、結果として残業が増える傾向にあります。また、従業員の教育や研修が十分に行われていない場合、業務遂行に時間がかかるという問題も生じやすいです。
これらの経営の課題は、単に「残業を減らす」というアプローチだけでは解決しにくく、組織全体の見直しや経営戦略の再検討が必要となることが多いのです。
残業強制はパワハラになる?線引きの難しさや注意点
残業自体が経営課題になることをお伝えしましたが、残業しなければ日々の業務が回らない現状もあるでしょう。
そのため「残業」を従業員に指示することは一般的になっております。しかしながら昨今「残業指示をパワハラとして捉えられるリスク」も同時にあることをご存知でしょうか。
残業強制がパワハラとなる線引や注意点を確認しておきましょう。
パワハラと捉えられる残業指示
パワーハラスメント、通称「パワハラ」とは、職場での人間関係における上位者等からの過度な圧力や嫌がらせを指す言葉として知られています。
しかし、この定義はあくまで一般的なものであり、どこまでがパワハラと判断されるのかが難しくなるため、ケースバイケースで考えなければなりません。
例えば、
- 定時間際に急ぎではない仕事(納期に余裕がある仕事)を頼む
- 他のメンバーにできる仕事であっても、一人のメンバーにのみ押し付ける
- 必要性のない業務を残業として依頼する
- 客観的に処理しきれない量の仕事を残業として依頼する
こういった場合の残業指示については、それがパワハラとみなされるリスクが高まっています。
上司の立場からすると、業務遂行のための必要な指示であっても、従業員側からすれば、自身の体調やプライベートの事情を無視した指示と感じる場合があるのです。
正当な残業の指示とは?適切なコミュニケーション方法
残業を指示する際、パワハラと誤解されないためには、下記のようなコミュニケーションを図ることが大切です。
- 事前連絡
- 繁忙期や業務のピークが予想される場合、事前に従業員に情報を共有しておくことで、急な残業要請を避けることが可能となります。
- 従業員の状況を確認
- 残業指示を出す前に、従業員の体調やプライベートの予定を確認することで、無理な指示を避けることができます。
- 明確な理由の提供
- 残業を要請する際には、その理由や背景を明確に伝えることで、従業員も理解しやすくなります。
- 感謝の意を示す
- 残業に応じてくれた従業員には、感謝の意を示すことで、良好な人間関係を築くことができます。
残業強制と法律の関係性:違法となる残業の指示とそのリスク
残業は多くの企業において、業務遂行のために避けては通れないものとなっています。
しかし、残業指示をするためには法律で定められた一定のルールがあり、これを逸脱すると法的なリスクを背負うこととなります。
経営者や人事担当者は、残業の法律的な制約を理解し、適切な指示を行うことが求められますので、どういった残業指示に規制があるのか確認してみましょう。
労働基準法における残業指示に関する規制
日本では、労働基準法により次のような基準や制約が残業に対して設けられています。
- 36協定が締結されていない
- 36協定の限度時間を超えている
- 就業規則・雇用契約書に残業の記載がない
- 残業に対して割増賃金が支払われていない
- 残業が禁止されている従業員への命令
これらのケースは、会社側がリスクを負うことになります。特に中小企業では「36協定が締結されていない」「就業規則・雇用契約書に残業の記載がない」場合が見られますので注意してください。行政指導の対象となります。
36協定が締結されていない
労働時間とは、始業時刻から終業時刻までの時間から休憩時間を除いた時間をいいます。労働時間の長さは1週40時間(特例措置事業場では44時間)以内、1日8時間以内と2つの観点で制限があり、これを法定労働時間と呼びます。
この時間を超えて残業(時間外労働または休日労働)を従業員にさせる場合には、事前に「36協定」を締結し、所轄の労働基準監督署に届け出する必要があります。
法律上定められていますので、36協定を締結せずに残業を指示することは違法といえます。
36協定とはどのような様式ですか?
36協定は様式が定まっており、次のような書類となります。元の書式は厚生労働省のWEBサイトよりダウンロードできますので、ご確認ください。
36協定の限度時間を超えている
36協定を締結する際、
- 1日の法定労働時間を超える時間数
- 1ヶ月の法定労働時間を超える時間数(42時間から45時間の上限あり)
- 1年の法定労働時間を超える時間数(320時間から360時間の上限あり)
の記載が必要であり、この記載した時間を超えた残業指示も違法となります。
36協定には「特別条項」として臨時的に定めた上限時間を超えられるものもあります。必要に応じて「特別条項」を付けることも検討しましょう。
就業規則・雇用契約書に残業の記載がない
例え36協定を結んでいたとしても、従業員との雇用契約や就業規則において「業務上必要な場合、時間外労働・休日労働を命じることができる」といった内容が定められていない場合、正しい業務命令として残業を指示することはできません。
残業に対して割増賃金が支払われていない
前述までの「36協定の締結」「36協定の限度時間内での残業」「就業規則や雇用契約書上に残業について明記されている」場合であっても、残業(法定外労働・休日労働)に対する割増賃金が支払われていない場合は違法となります。
なお、会社の所定労働時間が7時間の場合、7時間から8時間までの労働は「法定外」となりません。就業規則等の内容によっては賃金の計算方法が変わる可能性がありますので、不明な場合は専門家にご相談されることをおすすめします。
残業が禁止されている従業員への命令
労働基準法や育児介護休業法により、次に該当する従業員に対しては一定の残業が禁止されていますので、指示することができません。
- 妊娠中または出産から1年未満の場合
- 要介護状態にある家族を介護している場合
- 未就学児の看護をしている場合
- 3歳未満の子どもを養育している場合
違法となる残業指示による会社へのリスク
残業指示が違法と扱われる場合、経営者にとって重大なリスクを持っています。
従業員からの訴訟や行政処分だけでなく、社会的な信用の失墜など、事業運営に大きな影響を及ぼす可能性があります。適切な残業指示とその管理を徹底することが、企業の健全な運営に繋がります。
厚生労働省や各都道府県の労働局では、定期的に「労働基準関係法令違反に係る公表事案」として、労働基準関係法令に違反した企業名や所在地、違反内容を公表しています。直近では令和4年8月1日から、令和5年7月31日の期間分がWEBで確認できます。
アルバイトやパートへの残業指示:正社員と違いはある?
アルバイト、パートタイマー、契約社員など、正社員以外の雇用形態が増加する中、それぞれ法律上違いはあるのか、経営者側の権利がどのように適用されるのか確認しておきましょう。
会社によっては正社員に対するルールと、アルバイト・パートに対するルールに違いが設けているため注意をしなければ知らずしらず法的トラブルを招く恐れがあります。
【原則】アルバイトもパートも同じ扱い
アルバイトやパートといっても、残業に関する法律は正社員と同様です。そのため先程解説しております「残業指示が違法となる5つのケース」に該当しなければ、残業指示は有効になります。
ただし、会社によってはアルバイト・パートと結ぶ雇用契約書等の内容が正社員と違う場合があり、「残業なし」と記載されていないか確認しておきましょう。
アルバイトとのコミュニケーションのポイント
ただし、正社員と違ってアルバイトやパートの場合は「短時間の労働」を臨んでいることがあります。そのため正社員に対するコミュニケーションとは少し違った観点で残業指示することが大切です。
従業員から残業拒否をされたら?どう対応する?
業務が繁忙にも関わらず、従業員からの残業拒否をされてしまうと経営者や人事担当者にとって難しい問題となります。まずは残業が拒否する従業員の背景や理由を理解し、適切な対応をとることが求められます。
残業拒否が正当な理由に基づいているのか確認する
従業員が正当な理由で残業を拒否しているのであれば、企業として従業員に残業を強制することは避けるべきです。
また、残業拒否に対して何らかの懲戒処分を行うこともリスクが発生します。残業を拒否する理由をしっかりとヒアリングし、会社として「正当な理由で拒否がされているのか」明確にしておくことが重要です。
正当な理由がない場合の対応
もし従業員が正当な理由なく残業を拒否した場合、就業規則もしくは雇用契約上の義務違反となる可能性があります。
そのため戒告、減給、降格などの懲戒処分を考慮することになります。最も重たい処分として懲戒解雇もありますが、数回の残業拒否だけで懲戒解雇はできませんので慎重に判断しましょう。
「残業を拒否したから減給だ」などと厳しい処分を行うと、さらなる労務トラブルを招きかねません。どういった場面であっても、従業員とのコミュニケーションを大切にし、残業拒否の背景や理由を理解することで、円滑な労務管理を行いましょう。
社会保険労務士に相談する
残業に関する問題は、
- 適法性はあるか?
- 残業を行う必要はあるか?
- パワハラとの線引に問題はないか?
- 残業拒否の正当性はあるか?
こういった要素が絡んできますので、複雑になりがちです。一見シンプルに見えても、これらの課題解決には専門的な知識が求められます。
社内だけでの判断は、未知のリスクを背負い込む恐れがあります。そのため、社会保険労務士のような労務管理の専門家にアドバイスを求めることをおすすめいたします。
特に、残業を拒否した従業員への対応や、不利益処分の検討をする場合、早期の段階での専門家に相談することでリスクを減らした取り組みが可能です。労働問題に関しては社会保険労務士への早めの相談を心がけ、安心して業務に取り組みましょう。
まとめ
残業指示については、法令遵守をしている限り問題ありません。業務上必要であれば強制させることも可能です。ただし、要件を満たしていない場合は残業を強制させるどころか、指示すら違法になりますので注意しておきましょう。
ある日突然労働基準監督署の調査が入った、従業員から未払い残業があると訴えられた、このようなリスクにつながりますので、労務管理はきちんと行うことをおすすめいたします。
従業員に対する残業指示や、法令遵守の取り組みに少しでもご不安があれば、お気軽にご相談ください。