定額残業代とは?導入方法からメリット・デメリットを社労士が解説

定額残業代とは、事前に残業時間とそれに対する残業代を決めておき、実際にその残業時間が発生する・しないに関わらず支払う制度のことを指します。
原則、残業時間は1分単位で集計し残業代を支払う必要がありますが、業種や会社の規模によっては煩雑になるため、事務作業を軽減することを目的として定額残業代を導入することも少なくありません。
しかしながら、定額残業代は導入方法・運用方法を間違えると経営上リスクが高い制度であり、また経営者の方が一定の誤解を持っていることがあります。
今回は「定額残業代とは?導入方法からメリット・デメリット」と題して、制度構築や運用サポートを行っている社労士が解説をいたします。
矢野 貴大
TSUMIKI社会保険労務士事務所/代表・社会保険労務士
金融機関・社会保険労務士法人・国内大手コンサルティング会社を経て大阪で社会保険労務士事務所を開業。
25歳で社労士資格を取得した後、社会保険労務士・経営コンサルタントとして延べ200社を超える企業・経営者をサポートする。その経験を活かし「想いを組み立て、より良い社会環境を形づくる」というMISSIONに向かって日々活動中。

定額残業代とは?どのような制度?
定額残業代とは、予め決めている残業時間数分で計算した残業手当を、実際にその時間分の残業の有無に関わらず支払うことを言います。労働基準法上に明記されているものではありませんが、過去の判例に置いて要件を満たすことで適法とされています。
そのため、導入するのかどうか、各企業の判断に委ねられており、中小企業・大企業問わずに導入しているケースがあります。

私は従業員数が50名前後の中小企業から1,000人を超える大企業で正社員として勤務していたことがありますが、両社ともに定額残業の制度は導入されていました。また、社労士としてサポートを行っている企業様から多数相談をいただく制度ですので、経営者の方からすると興味関心の高いものです。
定額残業代と同様の意味を持つ制度
前述の通り、定額残業代とは労働基準法上では明文化されていませんので、導入する企業によっては様々な名称で運用をしています。一般的には、
- 定額残業代
- 固定残業代
- みなし残業代
としている場合が多いと感じますが、職種や業種によっては「営業手当」や「特殊勤務手当」といった名称を付けている企業もあります。
今回の記事では「定額残業代」として解説をいたしますが、要件を満たしていれば名称問わず有効となる制度ですので、確認してください。
定額残業代の導入におけるメリット・デメリット
定額残業代の制度は導入においていくつかのメリット・デメリットがあります。
会社の状況に応じて重要視するポイントは異なりますが、最低限下記については押さえておくことをオススメいたします。
定額残業代のメリット | 定額残業代のデメリット |
---|---|
給与計算が楽になる場合がある 人件費の予算組がしやすい 従業員の給与・生活を安定化できる | 適切に運用しなければ「未払い残業代」が発生する 結果的に人件費が高くなる場合がある |
定額残業代の導入メリットとは
定額残業代の導入においては、大きく3つのメリットが考えられます。
給与計算が楽になる場合がある
従業員を一人でも雇用していると、労働時間を集計し、給与計算をしなければなりません。
従業員の打刻に応じて、リアルタイムに労働時間集計ができるクラウドシステムが設置できている企業であれば事務負担はそこまでありませんが、タイムカードで労働時間を管理している企業においては、残業時間の管理は大変なものです。
定額残業代を導入することで、その一定時間数分に収まる場合は細かく残業時間を集計・計算する手間が削減できますので、大きなメリットといえるでしょう。
人件費の予算組・予実管理がしやすくなる
毎月一定額で支給する基本給や諸手当(職務手当など)と異なり、残業代は日々の残業時間によって計算し、支払わなければなりません。そのため「今月は予想していたよりも人件費が高騰してしまい、資金繰りが厳しい」このようなご相談をいただくことがあります。
しかしながら、資金繰りが厳しいからといって残業代の支払いを免除することは当然できません。
残業代により人件費が毎月変動してしまうと資金繰りは難しいものですが、定額残業代を導入すると毎月必要な残業代を把握できますので、資金繰りの計画が立てやすくなります。
従業員の給与・生活を安定化できる
従業員によっては
- 基本給だけでは生活ができないので、残業をして給与を稼ぐ
- 新しく住宅ローンを組んだため、残業代がなければ生活が厳しい
このように、生活のために残業を行う方も少なくないでしょう。
定額残業代制度を導入することで、一定額の残業代が担保されますので従業員の生活を安定させることが可能となります。
定額残業代の導入デメリット
定額残業代のメリットを読む限りだと「便利で従業員にとっても良い制度では?」と思われるかもしれませんが、デメリットもありますのでご注意ください。
適切に運用しなければ「未払い残業代」が発生する
導入・運用をしていた定額残業代制度が、従業員とのトラブルになり、労働基準監督署から「制度が適切に運用されていないため、無効」と判断されてしまうと、定額残業代として支払った給与が「残業代」に該当しなくなります。
その結果、過去2年(もしくは3年)の残業時間を再度集計し、残業代を支払う必要が発生します。今まで定額残業代として支払った給与に加えて、遡って残業代を支払う必要がありますので、会社としては二重支払いのようになり、コストが増えてしまいます。
結果的に人件費が高くなる可能性がある
定額残業代は、設定している時間数分の残業時間が発生していなくとも、同じ金額の残業代を支払う必要があります。


定額残業代として設定している残業時間に比べて、毎月の残業時間数が少なければ、制度導入前に比べて人件費は増えてしまう点は押さえておきましょう。
定額残業代で経営者が誤解しやすい注意点
経営者の方から「定額残業代を導入しているので、弊社では残業時間の計算をしていません」とお聞きすることがあります。定額残業代制度は一步でも運用を間違えると労務トラブルのリスクが高まりますので、注意してください。
何時間の残業でも残業代を定額にできる制度ではない
定額残業代を導入することで、会社が支払うべき残業代が固定されるわけではありません。
定額残業代として設定している時間を超えて残業をした場合には、その時間に応じて残業代を追加支給する義務があり、対応を怠ると法律違反となり行政指導に繋がります。
求人を出す際は定額残業代の根拠時間を明確にしなければならない
「求人を出す際に、他社よりも良い条件を提示するために残業込みの給与金額を記載したい」というご相談をいただくことがあります。
結論、定額残業代を導入する場合は「基本給」と「定額残業代」を分けて表示する必要がありますので、定額残業代を入れて総支給金額を高く見せることはできますが、内訳の説明が求められます。
従業員からすると「求人情報上の総支給金額が多かったため応募・就職してみたら、残業代が組み込まれており、基本給は同業他社よりもかなり低い金額だった。嘘の求人情報を出すなんて、ブラック企業ではないのか」このように感じることは少なくありませんし、トラブルに発展しやすくなりますので気をつけてください。


定額残業代を導入しても必ずその時間分を残業させることは難しい
例えば、定額残業代として30時間分を設定したとしても、従業員に30時間分の残業を義務付けることはできません。
業務を行う上で、必要性があるのであれば残業命令をすることは問題ありませんが、定額残業代を導入していることを理由に意味もなく残業を強制してはいけません。
定額残業代と実際の残業代に乖離があるのであれば、定額残業代の金額・時間数を見直しましょう。
定額残業代を新しく導入する場合、基本給からその金額を減らすことは不利益
「人件費を変えずに定額残業代を導入したい」という経営者の方もいらっしゃると思いますが、この場合は基本給や別の手当を減額し、その金額を定額残業代の原資にしなければなりません。
しかしながら、基本給や別の手当が減額になる場合は「労働条件の不利益」に該当しますので、従業員個別に説明・同意を得なければ違法となります。
「労働条件の不利益」については、下記の労務Tipsにて別途解説しておりますので、併せてご確認ください。


定額残業代を導入するための4つのステップ
定額残業代は、適切に運用すると企業・従業員ともにメリットのある制度ですが、導入方法を誤るとリスクが発生することになります。これから定額残業代制を新しく導入予定の企業は、専門家である社会保険労務士に相談しながら進めましょう。
自社で発生している残業時間数を分析する
定額残業代の導入の前に、従業員が行っている残業時間を把握することから始めましょう。一年間を通じて、毎月どの程度残業が発生しているのか確認し、例外的に発生するものなのか、毎年発生するものなのか分析します。
制度の導入前・導入後において、人件費がどの程度変動するのかシミュレーションし、定額残業代として支給する原資を確保しておきます。
定額残業代の対象となる部署・従業員および残業時間数を特定する
会社として定額残業代の活用を決めた場合、
- 定額残業代をどの部署・従業員に導入するのか
- 従業員によって何時間分の制度とするのか
上記2つを決めていきます。定額残業代は、全従業員に一律◯時間として導入することも可能ですので、自社のやりやすい方向性で判断しましょう。
なお、定額残業代として設定する残業時間数は45時間以内にしておきましょう。36協定において認められている残業時間は45時間が上限とされていますので、それを超える定額残業制度はリスクになり得ます。
就業規則に明文化し、従業員へ周知する
定額残業代の対象範囲や設定時間数が決まりましたら、就業規則に制度導入を行う必要があります。就業規則上には
- 定額残業代の金額と、その金額の計算方法
- 定額残業代に相当する残業時間
- 定額残業時間を超えた残業について、超えた時間数の残業代を追加で支給するという規定
- 定額残業が深夜残業および休日残業の時間も含む場合には、その旨の規定
この4つを規定化し、従業員へ周知をしましょう。また、雇用契約書や毎月の給与明細書においても「定額残業代の時間数および金額」は記載することが重要になります。
定額残業代を導入し、給与計算を行う
繰り返しになりますが、実際の残業時間に比べて定額残業代が不足している場合は、不足金額を支払わなければなりません。年に1度、不足金額を集計し精算することは違法であり、足りない金額は毎月精算が必要ですのでご注意ください。
定額残業代の導入・運用に不安がある経営者の方へ
定額残業代は、運用方法によっては会社・従業員ともにメリットのある制度ですが、一步でも間違えるとすぐにトラブルに繋がってしまいます。
定額残業代を巡る裁判も多いため、これから導入を考えている企業は社会保険労務士に相談のもと慎重に進めることをオススメいたします。
社会保険労務士に依頼することで、リスクを減らすだけでなくスムーズに対応することができます。トラブルが発生する前に対処も可能ですので、経営者も安心して制度導入が可能になるでしょう。