Q. 労働条件の不利益変更とは何でしょうか?対応方法も教えてください。

- 労働条件の不利益変更の考え方
- 労働条件が「不利益変更」に該当する事例
- 不利益変更になる場合の対応フロー

経営が厳しいため、従業員の給与を少し引き下げなければいけません。知人の経営者に相談すると「労働条件の不利益変更」になると聞きました。この不利益変更とは何なのでしょうか?
また、不利益になった場合はどのように進めれば問題ないのか教えてほしいです。

A. 従業員の労働条件を一方的に低下させることを「不利益変更」と呼びます。
従業員に支給している給与の金額を引き下げることは、従業員にとっては現在の労働条件よりも不利になってしまいます。これを不利益変更と呼びます。
不利益変更については、法律で禁止されている部分もありますので注意が必要です。

不利益変更とは
従業員に不利になる労働条件の変更を「不利益変更」と呼び、労働契約法にて取り扱いが定められています。基本的な方針としては、
- 労働契約の変更を行う場合は従業員との「合意が必要」
- 合意がない場合、不利益となる労働条件へ「変更することはできない」
と定められています。
労働契約法第8条 | 労働契約法第9条 |
---|---|
合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。 | 労働者および使用者は、その合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。 | 使用者は、労働者と
しかしながら、会社の経営状況によっては給与の引き下げなど検討をしなければならないシーンもあるでしょう。この際、例外的な取り扱いとして、労働契約法第10条では
- 労働者の受ける不利益の程度
- 労働条件の変更の必要性
- 変更後の就業規則の内容の相当性
- 労働組合等の交渉の状況
- その他の就業規則の変更に係る事情
上記に照らして、合理的なものであるときは、不利益ができるとされています。ただし、労働契約の内容を変更した就業規則を周知することが必要ですので、注意をしておきましょう。
労働契約法第10条とは?
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。
引用元:e-gov「労働契約法」より
不利益変更となるケース・ならないケース
では、どのような労働条件の変更が「不利益変更」に該当するのでしょうか。
- 固定残業制度の導入
- 固定残業制度の廃止
- 職務変更による職務手当の減額
- 退職金制度の減額や廃止
- 賞与の支給金額の減額
- 福利厚生制度の撤廃
中小企業でよくある、労働条件の変更事例を元に解説いたします。
固定残業(みなし残業)制度の導入は不利益変更になるのか?
固定残業制度の導入については、導入時に基本給などの金額変動の有無によって判断が異なります。
例えば基本給などの金額を変更せずに、固定残業制度のみを新しく導入する場合、従業員は残業をせずとも一定の金額を受け取ることになりますので不利益変更には該当しないと考えられますが、
給与の総支給額を変更せずに固定残業制度を導入すると「基本給の金額が固定残業制度の金額分減額する」ことになりますので、この場合は不利益変更となってしまいます。
両方のパターンを金額ベースで考えると次のようになります。
変更前の基本給 | 変更後の基本給 | 固定残業代 | 総支給額 | 不利益変更の判断 |
---|---|---|---|---|
200,000円 | 200,000円 | 20,000円 | 220,000円 | ならない |
200,000円 | 180,000円 | 40,000円 | 220,000円 | なる |
固定残業(みなし残業)制度の廃止は不利益変更になるのか?
固定残業制度を廃止することは、不利益変更に該当する可能性があります。
固定残業制度とは、設定した残業時間働いていない場合であってもその時間分残業したとみなして残業代が支払われるルールです。そのため本来は従業員に対して有利な制度と言えます。
直近の判例では、固定残業制度の廃止や減額は不利益にはならないという判決も出ております。しかしながら中小企業では「給与の総支給額を多く見せるための制度」として利用しているケースが多く、従業員もその金額に期待をしていることから固定残業制度の廃止については慎重に進める必要があると考えられます。
割増賃金の支払については、労働基準法37条その他関係規程により定められた方法により算定された金額を下回らない限り、これをどのような方法で支払おうとも自由であるから、使用者が、一旦は固定残業代として支払うことを合意した手当を廃止し、手当の廃止後は、毎月、実労働時間に応じて労働基準法37条等所定の方法で算定した割増賃金を支払うという扱いにすることもできるというべきであり、いわゆる固定残業代の廃止や減額は、労働者の同意等がなければできない通常の賃金の減額には当たらないというべきである。
令和4年6月29日 東京高裁判決(インテリム事件)
職務変更による職務手当の減額は不利益になるのか?
支給している諸手当の性質が明確になっているのかどうかで判断がされます。
例えば支給基準が
- 特定の業務に対して支給される
- 部下を持つ従業員に対して負担や責任を考慮して支給される
このように明確になっている場合、人事異動などで支給対象者から外れ、手当分給与が減ったとしても不利益変更には該当しません。
ただし、支給根拠が曖昧であったり、部署は異動するが仕事内容が変わらない場合などは注意が必要になります。
退職金制度の減額や廃止は不利益変更になるのか?
退職金は、「賃金の後払い的な性格」や「退職後の生活保障的な性格」を持っているとされています。
このため退職金として支払う金額を減少させることや、退職金制度自体を廃止することは従業員にとって不利になりますので、不利益変更に該当します。

退職金制度を見直し、支給金額が減ってしまうのであれば経過措置を設けましょう。退職金は従業員の期待が高く、トラブルの大きな種ですので慎重に進めることをご提案いたします。
賞与の金額が例年よりも下がる場合は不利益変更になるのか?
賞与の支給ルールが、就業規則や賃金規程でどのように定められているのかによって判断されます。
- 「従業員の人事評価や会社の業績により支給額が変動する」文言が記載されている場合
- 賞与の金額は個人別の成績や業績によって支給金額が変わるのであれば、賞与が減額したとしても不利益には該当しません。
- 「支給額は基本給×2ヶ月」のように一定金額の支払いの記載がされている場合
- 賞与の金額が減額される可能性について明示されていないと「賞与の支給金額は保障されている」と判断されるため、不利益に該当します。
賞与に関する規定によって、不利益になるのかどうか判断がされますので、就業規則をしっかりと確認しておきましょう。
福利厚生制度の撤廃は不利益変更になるのか?
福利厚生制度は企業が任意に設定できるもので、従業員への恩恵的な性格を持つものです。そのため労働の対価ではない福利厚生制度については、その制度を撤廃したとしても「労働条件の変更」にはなりませんので、不利益変更にも該当しません。
ただし、「住宅補助」や「会社独自の保険」など金銭的な性質を持った福利厚生制度の場合、廃止することで従業員への負担が増加してしまい、不利益変更とみなされる可能性もあります。制度の性質や内容、撤廃時の従業員への影響を見極めて慎重に進めることが大切です。
まとめ
従業員との労働条件を変更する際、ポジティブな内容であれば問題ありませんが、賃金の減額などは従業員にとっては受け入れがたいものです。なぜ変更しなければいけないのか、しっかりと精査・説明しなければ会社に対する不信感につながり、モチベーションも下がってしまいます。
最終的には退職が相次ぐなど考えられますので、従業員から理解を得られるように進めて行きましょう。また、賃金を減額するにしても「2年間は経過措置として、減額の幅を調整する」ような配慮も重要になります。
社会保険労務士によるワンポイント解説
労働条件の引き下げは、どのような会社でも起こりえます。対応方法さえ間違えなければ、トラブルは回避できますので慎重に進めていきましょう。労働条件の不利益変更の対応については下記の手順を参考にしてください。
従業員との労働条件について、不利益変更が生じてしまう場合は
- 不利益変更をしなければならない背景(会社の状況や世間の動向)
- 不利益変更の対象となる従業員の範囲
- 不利益変更の内容
- 経過措置の有無とその内容
- 変更までのスケジュール
上記について整理・精査が必要になります。不利益変更をする際「従業員からの同意」が前提になることを押さえて、どのような不利益変更であれば納得感が得られやすいのか考えることをおすすめいたします。
給与の減額などネガティブな要素が大きい場合は、働き手からすると「突然給与を引き下げるなんて、従業員のことを何も考えていないのではないか」と不信感につながります。経過措置などを検討して、従業員への配慮も行いましょう。
従業員から同意を得るにはしっかりと時間をかけて、一人ひとりに向き合い説明することが必要です。特に不利益変更になる場合は経営状況の悪化など、やむを得ない事情があると思いますので真摯に説明し納得を促しましょう。
また、労務トラブルは「言った・言わなかった」「同意した・同意していない」の水掛け論によることが多いため、口頭での説明だけでなく書面で説明し、署名をいただくなどで同意した形跡も残すこともおすすめです。
変更後の労働条件を就業規則に反映をします。就業規則を変更しなければ、労働条件を引き下げた通知書を交付したとしても「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする」ルールにより、変更後の内容も無効になるため注意が必要です。
就業規則の変更後、所轄の労働基準監督署への届け出を実施が必要になります。また、就業規則は従業員に周知をしなければ効力を持ちませんので、説明会などを実施して周知しておきましょう。
無料相談をご希望される方へ
TSUMIKI社会保険労務士事務所では、経営者・人事労務担当者の方のお悩み・疑問にお答えする無料オンライン相談を実施しております。本記事に関する内容だけでなく、日々の労務管理に課題を感じている場合には、お気軽にお問い合わせください。
矢野 貴大
TSUMIKI社会保険労務士事務所/代表・社会保険労務士
金融機関・社会保険労務士法人・国内大手コンサルティング会社を経て大阪で社会保険労務士事務所を開業。
25歳で社労士資格を取得した後、社会保険労務士・経営コンサルタントとして延べ200社を超える企業・経営者をサポートする。その経験を活かし「想いを組み立て、より良い社会環境を形づくる」というMISSIONに向かって日々活動中。

