インフレ手当とは?メリット・デメリットや制度設計の方法を解説
昨今、物価上昇の影響により「物価は上がっても給与は上がらないので生活が苦しくなる一方」といった従業員の声を聞く経営者もいらっしゃるのではないでしょうか。
会社側としても、従業員のモチベーションや定着を考慮すると人件費への投資は必要になりますが、給与のベースアップに踏み切るのは簡単ではありません。そんな中、大企業だけでなく中小企業においても「インフレ手当」の制度を検討されている企業が少しずつ出てきています。
今回のコラム記事では、インフレ手当の概要からメリットやデメリット、インフレ手当の制度化までの流れを社労士が解説をいたします。
矢野 貴大
TSUMIKI社会保険労務士事務所/代表・社会保険労務士
金融機関・社会保険労務士法人・国内大手コンサルティング会社を経て大阪で社会保険労務士事務所を開業。
25歳で社労士資格を取得した後、社会保険労務士・経営コンサルタントとして延べ200社を超える企業・経営者をサポートする。その経験を活かし「想いを組み立て、より良い社会環境を形づくる」というMISSIONに向かって日々活動中。
インフレ手当とは?
そもそも「インフレ手当」とは、物価上昇(インフレーション)により、日々の生活費の負担が増加することに対して、企業がその差額を補填するために支給する手当のことを指します。
インフレ手当の目的
物価が上昇する中で、給与の金額が同じ場合は
- 購入できる商品(食費・雑費)の量は減少する
- 受けられるサービス(娯楽・自己研鑽)の頻度が減少する
このように、従業員の購買力は当然低下します。そのため企業は物価上昇分を補填するために、インフレ手当を支給し、従業員の生活水準を一定に保つことが目的となります。
インフレ手当を支給する企業の特徴
インフレ手当の支給をしたり、検討している企業としては
- 物価上昇が激しい環境(地域)で働く必要のある企業
- 東京や神奈川、大阪などの地域性等
- 優秀な従業員を確保し、定着をさせる必要がある企業
- 高度なスキルや人材確保が経営課題になっている等
このような特徴が考えられます。
これらの企業は、インフレ手当の支給により物価上昇による影響を軽減し、従業員の生活水準を保つことで、従業員の定着率を高め、生産性を維持することを重視しているといえます。
インフレ手当のメリット・デメリット
従業員からすると「受け取る給与額が増えるので得でしかないのでは?」と思われるかもしれませんが、インフレ手当の支給には企業側・従業員側双方にメリットとデメリットがあります。どういった内容なのか確認しましょう。
メリットとデメリットを考慮した上で、企業はインフレ手当の導入やその方法を検討しましょう!
企業側の視点
企業側としては、下記のようにメリット・デメリットがあると考えられます。
メリット | デメリット |
---|---|
従業員のモチベーションを維持・向上 従業員が生活費の増加により購買力が低下している場合、インフレ手当により仕事へのモチベーションを向上させ生産性を維持が期待できます。 リテンション(従業員の定着率)向上 給与が物価上昇と連動することで、従業員が「給与が低いから他社への転職をしよう」等の他の雇用機会を探す動機を減らすことができ、従業員の定着率向上に繋がります。 採用競争力の向上 求人広告にインフレ手当を記載することで、他の企業と比べて優れた労働条件を提供していると魅力を伝えることができ、求職者にとって魅力的な企業であることが伝えられます。 | コスト増 インフレ手当を支給すると人件費は当然増加します。物価上昇は従業員だけでなく企業側の経営資源への影響もありますので、物価上昇による負担・人件費増加による負担と企業側の体力が問われます。 給与運用の複雑性 給与体系にインフレ手当を組み込むことで、給与計算のプロセスが複雑になる可能性があります。管理の手間という時間的コストが増加することになります。 |
従業員側の視点
続いて、従業側には下記のようにメリット・デメリットがあると考えられます。
メリット | デメリット |
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購買力の維持 物価上昇に対応して給与が調整されることにより、従業員は自身の購買力を保つことができます。生活水準を維持することが可能となります。 所得の安定性 インフレによる将来の不確定性から、所得の担保による一定の安心感が生まれます。 | 満足度向上は続かない インフレ手当が物価指数に連動して支給される場合、そもそもの手当額も変動するため金額が下がると不満に繋がります。 不公平感 全従業員に同じ割合でインフレ手当が支給される場合、物価上昇による影響が個々の従業員に異なる場合でも、その差が反映されない可能性があります。これは、不公平感になる恐れがあります。 |
インフレ手当はどう支給する?
インフレ手当の支給方法は、法律に定められたものではなく企業側が自由に設定することが可能です。そのため企業独自の方向性や考え方、経営状況によりますが、主に
- 一時金として支給する方法
- 月額に上乗せして支給する方法
上記2つの方法があります。
一時金として支給する方法
一時金としてインフレ手当を支給する場合「賞与」もしくは「一時的(臨時的)手当」として取り扱うことになります。
賞与として支給する
年末やボーナス時期にインフレ手当を賞与に加算して支給する方法があります。
通常、賞与の支給額には人事評価・人事考課の内容により算出されたり、月額×◯ヶ月のように定めることがありますが、この金額に物価上昇の影響を考慮して加算することになります。
賞与金額の考え方については、下記の労務Tipsで解説しておりますので、併せてご確認ください。
一時的・臨時の手当として支給する
柔軟にインフレの波に対応するために、一時的な措置としてインフレ手当を単発で支給する方法もあります。
- インフレ(特別)手当
- 生活補助手当
- 物価上昇応援手当
- 物価手当
このように企業独自で名称をつけて支給し、従業員のサポートを行うことができます。
一時金としてインフレ手当を支給する場合、そのタイミングや金額は十分計画をしておきましょう。また、一時金の支給はあくまで一時的な対応であるため、継続的な物価上昇に対する長期的な対策にはならないことも注意してください。
月額給与として支給する方法
インフレ手当を毎月の給与に上乗せして支給することで、従業員の定期的な生活コストをカバーすることができます。
手当の名称は一時的・臨時の手当で解説したものと同じですが、制度の違いは「支給の継続性があるか」の観点です。月額給与として支給する場合は、一年間などの継続的な時間軸を設ける形になります。
これにより、物価上昇が継続する状況でも従業員の購買力を維持することで、企業貢献を高めることが期待できます。
月額に上乗せして支給する場合、企業はその手当が継続的なものであることを明示する必要があります。また、物価が下落した場合でも手当を続けるのか、それとも調整するのかについても事前に決定してください。
インフレ手当の支給に就業規則・社内規定の整備は必要?
インフレ手当の支給を検討している経営者の方から「インフレ手当を支給する際、就業規則の変更は必要ですか?」とご相談をいただきました。
インフレ手当を支給する場合、それを明記した就業規則や社内規定(賃金規程・給与規程等)があると、従業員に対してその制度を明確にし、企業の透明性を高めることができます。しかしながら、具体的に記載するか否かは、企業の方向性やインフレ手当の性質によって異なります。
一時的な支給や賞与に加算して支給する場合、就業規則に記載する必要はありませんが、インフレ手当が定期的かつ継続的に支給される場合は、その詳細を就業規則や社内規定に記載することが推奨いたします。手当の計算方法、支給のタイミング、変動条件等を明確にし、従業員との間での誤解や混乱を避けることが可能となります。
就業規則・社内規定で整備する場合の記載例
インフレ手当を就業規則に記載するための内容は、一般的に以下のようになります。ぜひ参考にしてください。
- 手当の目的
- あらかじめインフレ手当の目的を明記しておきましょう。方向性としては「物価上昇による購買力の低下を補償するためのもの」となります。
- 支給対象となる条件
- インフレ手当の支給対象となる条件を設けることも大切です。例えば、一定期間以上勤務している従業員や、雇用形態(正社員に限定することも可能)などを検討・決定します。
- 支払い方法
- インフレ手当の性質や計算方法を具体的に記載します。一時金として支給するのか、特定の期間を定めて継続的に支給するのかを決めておきます。
- インフレ手当の計算方法(金額)
- 具体的な支給金額がどのように決まるかも記載することも考えておきましょう。物価指数等を参照する場合、その詳細も記述してください。
- その他の条件
- インフレ手当の支給対象外になる可能性がある状況(例えば、長期の休職や不正行為が発覚した場合など)や、手当が変動する可能性がある状況(例えば、経済状況による変動など)を記載することも大切です。
上記のポイントを記載することにより、会社としても運用がしやすいインフレ手当の制度を作ることができます。ただし、具体的な記載内容は会社の規模(従業員数)、業種や方向性などにより異なりますので、制度設計にお悩みがある場合はお気軽にご相談ください。
インフレ手当の支給を検討する場合の流れ
インフレ手当は、企業の状況により支給が望ましいものか異なります。インフレ手当の支給を検討する場合、下記の流れに沿って進めることをご提案いたします。
現在のインフレ率を理解し、将来の経済状況についての予測を評価します。これは、地域の経済状況、金融機関の政策、専門家の予測など、複合的な視点で整理すると良いでしょう。
インフレの状況に対して、企業の財務状況を現在と将来の2つの軸で評価します。インフレ手当を支給すると、人件費が増加しますのでどの程度予算を確保できるのか、中長期的に計画しておきます。この際、企業の人材採用・管理の戦略も考慮に入れるとより具体的に支給可否の方針が定めやすくなります。
インフレ手当の支給は、従業員からすると給与額が増えることになりますのでニーズは高いといえます。ただし、従業員の生活圏の状況、生活費、物価上昇への感受性などを把握しておくことで、適切な金額設定に繋がります。
上記の情報を取りまとめ、インフレ手当の支給の方針を定めます。制度として今後も運用するのであれば、手当の計算方法、支給の頻度、対象者、手当の上限や下限などを明文化しておきましょう。
インフレ手当の導入を従業員に周知し、理由および詳細を説明します。このとき従業員からの質問や懸念事項を回収して対応しましょう。問題なければインフレ手当の支給を開始し、制度運用を行います。適宜運用状況を確認しながら、制度改定も行える体制づくりも大切になります。
まとめ
インフレ手当は、物価上昇によって従業員の生活水準が損なわれ、日々のモチベーション低下を防ぐために企業が支給する手当です。
従業員の購買力維持、モチベーション維持・向上、定着率向上などが主な目的ですが、コスト増や給与計算の複雑性などデメリットもあります。
また、インフレ手当の支給方法は一時金または毎月の給与に上乗せする形が一般的で、それぞれの方法には特徴と注意点があります。
インフレ手当を導入する際には、法的な要件を確認しながら進めることが大切になりますので、社会保険労務士などの専門家に相談されることをおすすめいたします。