Q. 試用期間中であっても社会保険に加入させる必要はありますか?

- 試用期間中の従業員に対する社会保険の取り扱い
- 社会保険に未加入としていた場合のリスク

正社員として採用した後に、一定の試用期間を設けています。この試用期間中であっても社会保険の加入は入社日からになりますか?
最近何人か採用したのですが、トラブルが続いているため試用期間中の労働条件について見直したいと考えています。

A. 試用期間中であっても、社会保険に加入しなければなりません。
試用期間中の従業員でも、労働契約は成立しています。
そのため社会保険の加入対象者の場合は試用期間の有無に関わらず、入社日に社会保険の加入手続をする必要があります。もし社会保険の加入が漏れていた場合、経営上どのようなリスクがあるのかもお伝えいたしますね。

試用期間とは
試用期間とは、正社員として採用した従業員が
- 会社で求める適性や能力を備えているか?
- 勤務態度や仕事に対する姿勢は適切か?
上記の観点で問題がないか判断をするための期間です。
試用期間を定めることについて労働基準法では定めがないため、会社は任意の期間を定めることができます。ただし、試用期間があまりに長い場合は従業員の精神的な負担が大きいとしてトラブルになる場合もありますので、一般的に1ヶ月から6ヶ月程度のケースが多く見られます。
試用期間における賃金は、会社と従業員双方に合意があれば「見習い期間」として本採用後に比べて低くすることは可能ですが、社会保険の加入は入社日からの適用となりますので注意が必要です。
社会保険の加入義務
社会保険は、法人であればすべての会社が対象となりますが、個人事業主の場合は一部要件があります。
株式会社などの法人事業所
(経営者一人のみの会社も含む)
従業員が常時5人以上在籍する個人事業主
(一部業種を除く)
上記に該当する場合、社会保険に関連する法律(健康保険法・厚生年金保険法)により「強制適用事業所」とされています。この「強制適用事業所」になると、社会保険の加入要件を満たす従業員がいた場合、その従業員を社会保険に加入させる義務が発生するのです。
この社会保険の加入要件は
- 正社員として採用:例外なく要件が発生
- 正社員以外として採用:1週間の所定労働時間・1ヶ月の所定労働日数が正社員の3/4以上あれば発生
となります。近年法改正により、パートやアルバイトの方で上記を満たさない場合であっても社会保険の加入義務が発生する方向性です。この件については別途解説いたしますので、本労務Tipsでは割愛させていただきます。
「試用期間中の労働時間や労働日数を3/4にすれば社会保険に加入させる必要はないのでは?」と疑問を持たれる方もいらっしゃるかもしれません。例えそのような労働契約をしたとしても、試用期間は「正社員として雇用することが前提」の制度になりますので、行政から指摘される可能性が高いでしょう。
本人の同意があった場合は?
新しく採用することが決まった従業員から、
- 試用期間中は給与の金額が少し低く、残業もできないため社会保険料まで発生すると手取りが少なくなる
- できれば主人の扶養に入りたいから、試用期間は自分で社会保険に入りたくない
このような要望をお聞きした経営者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。
従業員本人から「試用期間中は社会保険に入りたくありません」と申し出があったとしても、加入をさせなければ会社が義務を果たせていないため、法律違反になってしまいます。
労働契約は、会社と従業員の同意により成り立ちます。しかし、社会保険への加入については法律で定められた要件に該当するので判断されるため、例え「試用期間中は社会保険に加入しないことに会社と従業員が合意した」場合であっても違法になりますので注意してください。
試用期間中に社会保険を未加入とした場合のリスクとは
では、社会保険に加入させる必要があるにも関わらず、未加入にしているとどのようなリスクがあるのでしょうか。
- 刑事罰を受けるリスク
- 遡及支払いを受けるリスク
- 追徴金・延滞金が発生するリスク
どのリスクも経営をする上では厳しいものになりますので、それぞれ詳しく確認しておきましょう。
刑事罰を受けるリスク
健康保険法第208条および厚生年金保険法第102条により、社会保険の加入要件が発生しているにも関わらず加入手続きをしない場合は「6ヶ月以下の懲役もしくは50万円以下の罰金に処する」と規定されています。
試用期間中であっても社会保険の加入義務が発生すると解説をいたしましたが、この義務に反するとして罰則規定の対象になってしまうのです。

罰則がすぐに適用されることはありませんが、行政指導を受けているにも関わらず手続きをしなかったり、虚偽の届け出を繰り返し行うとリスクが高まります。
健康保険法第208条とは?
第二百八条 事業主が、正当な理由がなくて次の各号のいずれかに該当するときは、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 第四十八条(第百六十八条第二項において準用する場合を含む。)の規定に違反して、届出をせず、又は虚偽の届出をしたとき。
二 第四十九条第二項(第五十条第二項において準用する場合を含む。)の規定に違反して、通知をしないとき。
三 第百六十一条第二項又は第百六十九条第七項の規定に違反して、督促状に指定する期限までに保険料を納付しないとき。
四 第百六十九条第二項の規定に違反して、保険料を納付せず、又は第百七十一条第一項の規定に違反して、帳簿を備え付けず、若しくは同項若しくは同条第二項の規定に違反して、報告せず、若しくは虚偽の報告をしたとき。
五 第百九十八条第一項の規定による文書その他の物件の提出若しくは提示をせず、又は同項の規定による当該職員(第二百四条の五第二項において読み替えて適用される第百九十八条第一項に規定する機構の職員及び第二百四条の八第二項において読み替えて適用される第百九十八条第一項に規定する協会の職員を含む。次条において同じ。)の質問に対して、答弁せず、若しくは虚偽の答弁をし、若しくは第百九十八条第一項の規定による検査を拒み、妨げ、若しくは忌避したとき。
引用元:e-GOV「健康保険法」より
厚生年金保険法第102条とは?
第百二条 事業主が、正当な理由がなくて次の各号のいずれかに該当するときは、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 第二十七条の規定に違反して、届出をせず、又は虚偽の届出をしたとき。
二 第二十九条第二項(第三十条第二項において準用する場合を含む。)の規定に違反して、通知をしないとき。
三 第八十二条第二項の規定に違反して、督促状に指定する期限までに保険料を納付しないとき。
引用元:e-GOV「厚生年金保険法」より
遡及支払いを受けるリスク
行政は定期的に事業所に調査を実施しており、その調査時に社会保険の未加入が発覚した場合には最大2年間にさかのぼり社会保険料の支払いが命じられます。
支払いが命じられた翌月末までに「現金」で支払う必要があり、企業としては多額の出費となることからリスクでしかありません。
社会保険料は「従業員負担」と「会社負担」で成り立っています。遡及支払いを命じられると、当然両方の負担を合算した金額が求められますので、1人あたり数十万円に及びます。本来は「従業員負担」は従業員の給与から天引きすることができますが、退職をしているなどで過去の社会保険料が徴収できない場合は会社が全額負担しなければなりません。
追徴金・延滞金を受けるリスク
その他追徴金や延滞金といった、本来は不要な金額を行政に収める必要が生じるリスクもあります。
追徴金とは | 延滞金とは |
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未加入期間の社会保険料(最大で過去2年分)の10%が求められる | 未加入となっている期間の遡及支払いをしたとしても、罰として追加で発生する金額滞納額×延滞金利率÷365日×延滞金の発生日数の金額が求められる | 社会保険に加入手続きはできているが、支払うべき社会保険料を滞納している場合に発生する金額
まとめ
試用期間中であっても、社会保険は加入させる必要があります。
確かに企業側からすると社会保険料の負担や、社会保険料の納付する事務作業も発生するため大変ではありますが、
- 法令違反時のリスクを避ける
- 法令遵守のスタンスで従業員との信頼関係を構築する
上記の観点からも、社会保険の手続きは適切に行いましょう。



今回解説した「試用期間中の取り扱い」もそうですが、社会保険の手続きを正確に行うには専門的な知識が必要です。自社だけで対応するとどうしても手続きの「漏れ」や「間違い」が起こりえますので、専門家へのアウトソーシングも検討されることをオススメいたします。
社会保険労務士によるワンポイント解説
社会保険の加入ができていないと様々なリスクが発生します。
試用期間中にとどまらず、社会保険の未加入者を発生させないための業務フローを作成しましたので参考にしてください。
正社員の場合は試用期間中であっても社会保険に加入させる必要がありますが、パートやアルバイトの場合は労働条件に応じて社会保険の加入有無は異なります。
そのため正社員以外の雇用を考えている場合は
- 正社員に比べて労働時間・労働日数はどう扱うのか
- 月額の給与をどの程度見込んでいるのか
上記2つを整理して、入社時点で社会保険に加入させる必要があるのか確認しておきましょう。
入社時に社会保険に加入させる場合、入社日から5日以内に手続きを行う必要があります。
手続きの用紙は日本年金機構のWEBサイトより「健康保険・厚生年金保険 被保険者資格取得届」がダウンロードできますので、作成時の参考にしてください。
採用時点では、社会保険の加入対象者ではなかったとしても、働く中で
- パートタイマーとして採用したが、優秀な人材なため正社員に登用した
- 業務が忙しくなってきたので、パートタイマーの労働時間を長くした
このように労働条件が変わり、社会保険の加入対象者となる場合もあります。そのため日々の労務管理でしっかりと確認をしていきましょう。
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TSUMIKI社会保険労務士事務所では、経営者・人事労務担当者の方のお悩み・疑問にお答えする無料オンライン相談を実施しております。本記事に関する内容だけでなく、日々の労務管理に課題を感じている場合には、お気軽にお問い合わせください。
矢野 貴大
TSUMIKI社会保険労務士事務所/代表・社会保険労務士
金融機関・社会保険労務士法人・国内大手コンサルティング会社を経て大阪で社会保険労務士事務所を開業。
25歳で社労士資格を取得した後、社会保険労務士・経営コンサルタントとして延べ200社を超える企業・経営者をサポートする。その経験を活かし「想いを組み立て、より良い社会環境を形づくる」というMISSIONに向かって日々活動中。

