Q. 試用期間中に本採用を拒否することは可能でしょうか?

- 試用期間中の本採用拒否と解雇の相違点
- 新卒採用・中途採用における試用期間の考え方

当社は本採用前に3か月間の試用期間を設けています。
今回採用した従業員について、コミュニケーション面・能力面で問題があるため本採用については拒否したいと考えています。試用期間内であれば広く解雇することができると聞きましたが、法的に問題はないでしょうか?

A. 試用期間中であっても労働契約中のため一定の制限があります。
本採用の適性を見極めるために、試用期間を設けている会社は多くあります。ご相談の通り、試用期間中における本採用拒否については通常の解雇と比べて広く考えることは可能です。
しかしながら、本採用の拒否も法律的には「解雇と同じ」になりますので、本採用の拒否をするためには合理的な理由がなければなりません。

今回は試用期間の法的考え方や、トラブルを防ぎながら本採用拒否を行う場合の取り扱いを解説いたします。
試用期間の法的取り扱いとは
例え試用期間中であっても雇用契約は締結されていますので、本採用拒否は原則「解雇と同じ」考え方になる点には注意をしておきましょう。
とはいえ通常の解雇と比べて本採用拒否については認められやすい傾向にあります。専門的な用語で「解約権留保付労働契約」であるとされていることが理由です。
この考え方は「三菱樹脂採用拒否事件」と呼ばれる判決内にて
試用期間中の解雇について、試用期間中の解雇は、解約権を留保した趣旨から、採用時にはわからなかったが、試用期間中の勤務状態等から判断して、その者を引き続き雇用しておくのが適当でないと判断することが、試用期間を設定した趣旨・目的に照らし、客観的に相当である場合にのみ許される。
三菱樹脂事件(最大判昭和48.12.12)
と判断がされたことが背景にあります。
つまり、簡単に整理しますと
- 試用期間の目的や趣旨に照らし合わせて、客観的に相当な理由があれば本採用拒否は認められる
- その他については、例え試用期間であっても本採用後の従業員と同じように考えなければならない
試用期間中に本採用拒否(解雇)を行うのであれば、上記のような取り扱いになるのです。
採用別に考える本採用拒否の有効性
では、判例にある「試用期間を設定した趣旨・目的に照らし、客観的に相当である場合にのみ許される」部分について、どういった試用期間の趣旨・目的であれば本採用拒否が有効になるのでしょうか。
試用期間と一言にしても「新卒採用」と「中途採用」で少し取り扱いには違いがありますので、注意しておきましょう。
一般的に
- 「新卒採用」では、仕事経験が全くない高卒・大卒の方を採用
- 「中途採用」では、仕事経験があることを前提とした社会人の方を採用
のように、採用対象者のステータスが大きく異なります。
また、「新卒採用」もしくは「中途採用」を行う会社側としても、受け入れる際に目的・考え方は当然異なります。多くの会社において「新卒採用」「中途採用」における会社のスタンスを比較してみると、下記の表になります。
採用活動における考え方 | 新卒採用 | 中途採用 |
---|---|---|
職種 | 幅広く実施 | 特定している |
配置・配属・ポジション | 決まっていない | 決まっている |
求める人材の基準 | 低い | 高い |
試用期間の目的 | 人としての 最低限のマナーやモラルがあるか | 採用ポジションにおける 能力が発揮されているか |
この表をもとに、それぞれの採用方法における本採用拒否のハードルについて確認してみましょう。
新卒採用の場合
結論、新卒採用では「正社員の適性」を見極めることは難しいため、本採用拒否は認められない可能性が高いと言えます。
なぜなら、
- 入社時点では職種を限定していないため、正社員として期待している業務を広く経験させなければならない
- 実際の業務は配置や配属後に従事するものが多く、試用期間中だけで適性を判断することが難しい
- 高校や大学を卒業したばかりのため、仕事をするための「能力」は一般的に低いと考えなければならない
新卒採用者については上記のような配慮をしなければならいないのです。
従って「コミュニケーション能力が想定よりも低い」「学歴が高いため期待していたが、仕事ができない」こういった理由で本採用を拒否しようとしても、合理的ではないと判断される可能性が高いでしょう。
複数人の新卒採用を行っているのであれば、他の新卒採用者と比べて評価することも大切です。同じ研修や、仕事に慣れるまで同じような教育体制を整えているにも関わらず、特定の採用者のみ問題行動が発生してしまうようなケースだと、本採用拒否についても有効になる可能性は高まります。
中途採用の場合
一方で、中途採用に対する本採用拒否については、新卒採用と比べて認められやすい傾向にあります。
中途採用者には
- ポテンシャルや経験を評価して採用するため、職種が決まっている
- 採用後のポジションや部署を特定して採用活動を行っている
- 専門性や即戦力となる人材を期待している
こういった背景が一般的であり「正社員の適性」を判断がしやすいことが要因です。
ただし、中途採用者であっても「未経験の職種」や「第二新卒扱いで社会人としての経験は浅い」場合、試用期間については新卒採用者と同じような対応が望ましいと言えます。
中途採用を実施するのであれば、入社後に期待する役割や、その職種における必要な能力をしっかりと説明し、入社する従業員と合意を得ておきましょう。本採用を拒否する際に、その能力が欠如していたと説明することでトラブルを防ぐことが可能です。
入社後に期待する役割や、その職種における必要な能力をしっかりと説明し、入社する従業員と合意を得ておきましょう。本採用を拒否する際に、その能力が欠如していたと説明することでトラブルを防ぐことが可能です。
トラブルを防止するために取り組むべきこと
試用期間中の本採用拒否といっても解雇と同じですので、従業員からすると今後の生活に及ぼす影響は大きいためトラブルになるケースは多くあります。とはいえ問題社員を採用し続けるリスクも会社側は背負ってしまうため、「できれば試用期間終了時に雇用契約を解約したい」という気持ちもあるでしょう。
従業員とのトラブルを少しでも避けるために
- 採用活動時の取り組み
- 試用期間における取り組み
についてご紹介いたします。
採用活動における取り組み
まずは採用の段階から自社に合致しない従業員の採用を、極力避けられるような取り組みが必要です。
多くの会社では「自社に迎え入れたい人材像」は具体的に明文化しているケースはありますが「採用を見送りたい人物像」は言語化できていないことがあります。
会社としてネガティブな要素を整理し、書類選考や面接選考時の判断軸を増やしておきましょう。
人物像の設計の詳細については、下記「採用活動準備チェックリスト」にツールがありますので、ぜひダウンロードしてご活用ください。
試用期間における取り組み
しかしながら、実際採用をしなければ従業員の適性判断は難しいのも実態です。「試用期間中の働き方を見ても、真面目に働いているように見えず、本採用は見送りたい」となることもあるでしょう。
この場合、会社として重要なのは「改善要求を採用者に行ったのかどうか」が大きなポイントになります。
新卒採用の場合は、社員研修やOJTなどで職種や配属先をしっかりと見極めるプロセスが重要です。課題や問題があるのであればしっかりと本人に伝え、改善を促します。
中途採用の場合であっても、期待した役割や能力が不足していると判断しても、本人にフィードバック・指摘しなければ、本採用拒否をした際に会社側に問題があると判断される可能性があります。
また、「試用期間考課表」のような資料を作り、客観的に「正社員として採用する基準以下である」ことを証明できるようにしましょう。
試用期間は「教育・指導期間」の性質もあります。「正社員として採用するには能力が不足している」と判断するのであれば、試用期間中に教育が行われていたことが前提になります。従って、会社として試用期間中にどのような教育・指導を行ったのか説明しなければトラブルにつながりますので注意をしてください。
まとめ
本採用拒否が問題なく受け入れられるには、試用期間中に会社としての責任を果たしたのかどうかがポイントになります。
新卒採用者には「社会人自体未経験であること」を前提にした教育・指導が必要であり、中途採用者であっても「必要な能力や期待している役割」を説明した上で、本人がその能力を発揮できるように支援することが求められます。いくら試用期間中であっても、簡単に解雇することはできないことは念頭に置いてください。

「試用期間中の本採用拒否」や「解雇」が有効になるのかどうか、個々の判断になります。そのため「この取組をすれば法的に問題がない」と言い切ることはできません。「本採用を拒否したい」場合、一人で悩まずに労務管理の専門家である社労士に相談されることをおすすめいたします。
社労士によるワンポイント解説
試用期間中であっても労働契約中になりますので、本採用拒否であっても「解雇」となり合理的な理由が求められます。
とはいえ「通常の解雇よりも認められやすい」点については判例で示されています。試用期間を設ける場合、トラブル発生のリスクを下げるためにも下記チェックリストの内容に対応ができているのか確認してみましょう。
試用期間は、正社員として迎え入れる従業員としての素質や適性を見極めるために導入する制度です。しかしながら、試用期間中にどういった観点をもって「正社員の適性を判断する」のか言語化できていない場合があります。「本採用拒否となる基準」を作成し、従業員に周知することが大切です。
試用期間中であっても解雇することは経営上リスクでしかありません。そのため採用前に少しでも自社の方針に合わないと感じるのであれば、採用自体を見送ることが大切です。
中小企業では「人手不足だからとにかく応募があったら面接をする」「退職が相次いで採用活動に時間を掛けられない」などと採用を急いでしまった結果、求職者の適性を見極められずに採用してしまったという課題が起こってしまいます。
採用したい人物像を具体的にしておき、面接時に少しでも違和感を覚えるのであれば採用を見送るなどの取り組みが大切になります。
従業員によっては不平不満の声が上がる可能性がありますが、検討した緩和措置等で納得いただけるように慎重に説得します。
試用期間を設ける場合、就業規則に明文化しておく必要があります。そのため
- 試用期間の長さを特定しておく(3か月・6か月など)
- 試用期間の延長の可能性とその基準
- 試用期間後の本採用拒否の可能性とその基準
については就業規則に定めておきましょう。「◯か月を試用期間とする」という一言しかないのであれば、試用期間の延長や本採用拒否自体が無効となる可能性が高まります。
試用期間中の働き方を評価し、問題があった場合に本採用拒否するのであれば、その旨を就業規則に記載しておきましょう。
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TSUMIKI社会保険労務士事務所では、経営者・人事労務担当者の方のお悩み・疑問にお答えする無料オンライン相談を実施しております。本記事に関する内容だけでなく、日々の労務管理に課題を感じている場合には、お気軽にお問い合わせください。
矢野 貴大
TSUMIKI社会保険労務士事務所/代表・社会保険労務士
金融機関・社会保険労務士法人・国内大手コンサルティング会社を経て大阪で社会保険労務士事務所を開業。
25歳で社労士資格を取得した後、社会保険労務士・経営コンサルタントとして延べ200社を超える企業・経営者をサポートする。その経験を活かし「想いを組み立て、より良い社会環境を形づくる」というMISSIONに向かって日々活動中。

