手当廃止は違法?不利益変更となるケースや適切な進め方を社労士が解説
企業では
- 営業手当
- 資格手当
- 技術手当
こういった様々な諸手当を支給していることがよくありますが、毎月従業員に支払うと規定化している場合、手当の廃止は悩ましい問題になることをご存知でしょうか。
諸手当は従業員自身が受け取る給与が上がりますのでモチベーションを維持するために重要な役割を果たしますが、会社の視点ではコスト削減や制度の見直しのために廃止を検討することもあるでしょう。
しかし、手当廃止には法律上のリスクや、従業員の反発など、さまざまな課題があります。
今回のコラム記事では、手当廃止のタイミングと方法について、経営者が知っておくべきポイントを解説します。
手当廃止は「不利益変更」とされるケースが多くあります。慎重に進められること推奨します。
矢野 貴大
TSUMIKI社会保険労務士事務所/代表・社会保険労務士
金融機関・社会保険労務士法人・国内大手コンサルティング会社を経て大阪で社会保険労務士事務所を開業。
25歳で社労士資格を取得した後、社会保険労務士・経営コンサルタントとして延べ200社を超える企業・経営者をサポートする。その経験を活かし「想いを組み立て、より良い社会環境を形づくる」というMISSIONに向かって日々活動中。
会社での手当廃止の背景と現状
諸手当は、従業員の働きを報いるため、また特定のスキルや職務を評価・奨励するためのものとして様々な企業で用いられており、諸手当の種類も千差万別といえます。
しかし、経営者や人事部門は手当制度の変更や廃止に際して多くの悩みを抱えることが少なくありません。まずは諸手当の意義、廃止に至るよくある背景から確認してみましょう。
諸手当の役割と経営者が感じる不安
手当とは基本給以外の報酬で、例えば
- 個人が持っている資格
- 役職や職務内容(責任の重さや業務負担の考慮も含む)
- 一定の勤務時間など
このような特定の条件を満たした従業員に対して支払うことが一般的で、資格手当、役職手当や職務手当などがあります。
各手当は、従業員への福利厚生やモチベーション向上の観点だけでなく、特定の技術を必要とする会社の場合は業務を回すために資格取得を奨励するために支給することがあります。
会社で支給されている諸手当の種類や内容については、下記の労務Tipsで解説しておりますので併せてご一読ください。
手当を支払う背景と維持の難しさ
一方で、会社の経営状況や方針の見直し、業態変更といった経営上の理由で手当の見直しや廃止を検討することもあるでしょう。
例えば資格手当について考えてみましょう。
資格手当とは、特定の資格を持つ従業員に支払われる手当です。この手当の背後には、資格取得の奨励や、高度なスキルを持つ方を会社に引き留めるという意図があります。
しかし、資格の価値が時代とともに変わること、全従業員が同じ資格を取得するなど必要性の低下、そして会社の経済状況などの理由から、維持が難しい場面も考えられます。特に、一度支払いを始めた資格手当の廃止は、社員のモチベーションの低下や法的問題を引き起こす可能性があり、慎重な検討が必要です。
このように、一度従業員に支給していた手当の廃止を考える際、経営者や人事部門が感じる最大の不安は、従業員の不満や法的トラブルではないでしょうか。
特に、突然の手当廃止は「不利益変更」とみなされ、法的に問題となる可能性があるため注意が必要です。
一方的な手当廃止は法律違反?不利益変更とは
では、手当の廃止を検討する際、最も気をつけるべきは法的な側面である「不利益変更」とは何なのでしょうか。
従業員との適切な手続きやコミュニケーションが不足した場合にトラブルになる可能性が高まります。手当廃止に関する法的リスクとは何か、その違法性の線引き、そして取るべき手続きについて詳しく見ていきましょう。
手当廃止がもたらす法的リスクとは?
手当の廃止や見直しは、労働契約法に基づく「不利益変更」とみなされる可能性が高いといえます。
労働契約法では
第八条(労働契約の内容の変更)
労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。
第九条(就業規則による労働契約の内容の変更)
使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。
e-Gov「労働契約法」より引用
とされており、今回のような諸手当制度の廃止は、従業員の給与が減少することになるためトラブルにつながる可能性が高いのです。
労働契約法の8条・9条を違反すること自体への罰則はありませんが、従業員から損害賠償請求をされる可能性があります。また、組織風土・従業員のモチベーション低下も避けられないでしょう。
「違法」の線引き:何を知っておくべきか
手当廃止が「不利益変更」と判断されるポイントは、次の場合です。
- 雇用契約書や就業規則で手当の支給を約束している場合
- 会社の慣行として長年手当が支給されていて、当たり前になっている場合
- 従業員の同意なく一方的に手当を廃止する場合
これらに当てはまると、手当の廃止は不利益変更と考えられ、従業員からの損害賠償請求や会社に対する抗議などのトラブル発展につながります。
法律の視点から見た手当廃止の進め方
とはいえ、手当の廃止自体が違法ではありません。適切な手続きを踏むことで、法的リスクを最小限に抑えることが可能です。
トラブルを防止するための進め方として、次のようなステップが考えられます。会社の規模や組織風土、廃止する手当の内容にもよりますが、参考としてお考えください。
経営層、人事部門、そして社員代表との協議を行い、手当の廃止に関する合意を形成する。
手当の廃止理由を明確にし、従業員全体に説明を行う。手当の対象者が少ない場合は個別に面談など理解・同意を得る。
手当の廃止を予告し、適切な期間を設ける。いきなりの廃止ではなく、一定期間ごとに手当金額を減額するなどの緩和措置をとることも重要。
手当の廃止に伴い、就業規則の変更手続きを実施する。
諸手当の廃止は、従業員からすると非常にセンシティブな問題です。進め方次第では従業員との関係性が悪化し、退職してしまうこともあります。専門家に相談しながら、会社に適した制度変更を検討しましょう。
不利益変更の詳細は下記の労務Tipsでも解説しておりますので、併せてご一読ください。
手当を廃止するタイミングや注意点
手当の廃止は経営上の判断として行われることが多いものの、その過程での戦略的な取り組みや注意点が重要です。
適切なタイミングや不利益変更へのアプローチ、そして社員とのコミュニケーションは、スムーズかつ法的トラブルを回避するための鍵となります。
手当廃止の適切なタイミングとは
手当廃止のタイミングは、以下の要因を考慮することも重要です。
- 経営状況
- 会社の業績が低迷している場合、社員の納得感を得やすい。
- 従業員のモチベーションを考慮する
- 業績の良い時期や昇給・昇進の時期には避ける。
- 事業年度の切り替わり
- 労働契約の更新時期や就業規則の改定時期を考慮し、突然廃止するのではなく一定期間を設けておく。
会社としてどのタイミングで手当を廃止するのか、慎重に判断しましょう。
不利益変更としての手当廃止:ポイントと回避方法
手当の廃止は「不利益変更」とみなされるリスクがあるため、以下のポイントを抑え、回避方法を取り入れることが重要です。
- 従業員の同意を取得
- 手厚くコミュニケーションを図る
従業員の同意を取得
そもそも「不利益変更」とは、従業員の同意を得ることなく一方的に不利益となるような労働条件に変更することを言います。
そのため、従業員から同意を得ることができれば、手当廃止は問題ありません。従業員が納得できるように
- 合理的な理由:会社の経営状況や外部環境の変化など、廃止の背景を明確に伝える。
- 代替案の提示:他の福利厚生の充実や給与の見直しを行うなど、代替案や、手当廃止まで緩和措置の実施
手当廃止の話だけでなく、会社としてどのような歩み寄りができるのか提案することも大切です。
手厚くコミュニケーションを図る
ただし、同意を取得していたとしても、従業員からすると「社長から納得するように圧力を掛けられて、納得するしかなかった」として、後に問題提起される可能性もあります。
- 従業員への説明時は透明性を意識する
- 従業員からの意見、フィードバックは受け止める
- 定期的に情報共有
コミュニケーションを意識的に行うことで、従業員からの納得感も高めることが期待できます。
会社と従業員のお互いに信頼関係があり、気持ちよく働ける環境にあるのであれば、不利益変更によるトラブルは回避できます。組織風土、日々のコミュニケーションが大切ですね。
実際の企業での手当廃止の事例と教訓
手当の廃止は、多くの企業が経験する過程であり、成功と失敗の両面が存在します。とある企業での手当廃止の事例を紹介いたします。
成功例:スムーズに手当を廃止した企業の取り組み
とある会社では、業績の低迷を背景に諸手当の一部を廃止することを決定しました。下記の取り組みを行ったことで従業員にも納得いただき、トラブルを起こすことなく手当の廃止が完了しています。
- 早期のアナウンス
- 手当廃止の意向を、実際に廃止する一年前から従業員に通知していた。
- 半期ごとの人事面談で、手当の該当者には改めて説明していた。
- 代替手段の提供
- 廃止する手当の一部を、他の福利厚生の充実につなげることを説明していた。
- 手当の廃止に伴い、緩和措置の期間を設けて従業員の負担を考慮した。
- オープンなコミュニケーション
- 従業員の疑問や不安を解消するためのQ&Aセッションを実施した。
早い段階から従業員に伝えておくこと、変更に対する代替案の提案ができていたことがトラブル回避につながったポイントです。
失敗例:問題を引き起こした手当廃止の背景
一方、別の会社では手当の突然の廃止により、社員のモチベーション低下や退職の動きが見られました。問題になった背景には下記のような動きにあります。
- 突然のアナウンス
- 手当廃止の意向が突如として通知され、不安や疑問が残された。
- 不十分な説明
- 廃止の背景や理由が不明瞭であり、従業員から納得が得られなかった。
- 不適切なタイミング
- 手当廃止の決定が、年度末の評価や昇給の時期と重なり、混乱が生じた。
突然手当を廃止すると、従業員の理解は当然得られないでしょう。組織の信頼を損なう原因になりますので、手当を廃止する際は十分な準備とコミュニケーションが必要です。
まとめ
手当の廃止は、企業経営や人事労務の中でも特にデリケートな問題の一つです。
今回のコラム記事では、手当を廃止する際の注意点や手続きの流れ、事例について解説させていただきました。しかし、各企業の状況や背景は異なるため、一律の答えが存在するわけではありません。
- 自社の状況に合った手当廃止の方法は?
- 具体的な法的リスクをさらに詳しく知りたい
- どのようなステップで進めていくべきか?
実際に手当廃止を検討されており、このような疑問や不安点がある方はぜひTSUMIKI社会保険労務士事務所までご相談ください。貴社の問題解決につながるようにご支援できれば幸いです。