
正社員や一定の条件を満たしたパート・アルバイトを雇用した場合、雇用保険の加入が必要になります。
一方で、雇用保険の手続きには専門的な知識も必要になり、忙しさが重なると失念してしまうこともあるでしょう。雇用保険の加入手続きが漏れていることに気がつくと「どうすればいいんだろう?」と焦ってしまうかもしれませんが、落ち着いて状況確認から進めましょう。
今回のコラム記事では、
- 雇用保険の遡及加入に関する基本的な事項
- 遡及加入のための具体的な手順
- 注意点や気をつけるべき事項
- 従業員への適切な説明方法
上記内容を解説いたします。
雇用保険の遡及加入は、従業員にとっても会社にとっても重要な手続きとなります。今後の加入漏れを防ぐための実践的なアドバイスも提供しますので、今後の労務管理のご参考になれば幸いです。

その手続きには注意点があり、適切に対応しないと従業員とのトラブル・追徴金の発生といったリスクがあります。あらかじめ遡及加入について知っておくことでリスクヘッジになりますので、ぜひご一読ください!
矢野 貴大
TSUMIKI社会保険労務士事務所/代表・社会保険労務士
金融機関・社会保険労務士法人・国内大手コンサルティング会社を経て大阪で社会保険労務士事務所を開業。
25歳で社労士資格を取得した後、社会保険労務士・経営コンサルタントとして延べ200社を超える企業・経営者をサポートする。その経験を活かし「想いを組み立て、より良い社会環境を形づくる」というMISSIONに向かって日々活動中。


雇用保険に「遡って加入する」とは?基本的な知識を押さえよう
雇用保険に遡って加入することを「遡及加入」と呼びます。その名前の通り、本来加入している時期に手続きを行わなかった場合に「過去の日付に遡って加入手続きを行う」ことです。
企業の人事担当者や経営者の方には、ぜひ知っておいていただきたい取り扱いです。適切に対応することで、従業員の権利を守り、企業のリスクを軽減できます。まずは雇用保険に遡って加入する場合の基本的な内容を確認しましょう。
雇用保険の遡及加入が必要なケース
雇用保険の遡及加入が必要となるケースは
- 企業が雇用保険に未加入の場合
- 特定の従業員の加入手続きを怠っていた場合
上記2つが考えられます。発覚次第、速やかに遡及加入の手続きを行う必要があります。
企業が雇用保険に未加入の場合
まず1つ目は「企業自体が雇用保険に加入していない」状態で、従業員を雇用しているケースです。これは、雇用保険に加入する義務のある従業員全員分の遡及加入が必要となります。
もし雇用している従業員が多ければ、その分手続きが必要になるだけでなく、本来納めるべき保険料額も大きくなるため注意が必要です。
特定の従業員の加入手続きを怠っていた場合
2つ目は「本来雇用保険に加入義務のある従業員」の手続きを失念しているケースです。正社員だけでなく、労働条件によってはパート・アルバイト等も加入義務が生じます。
そのため「パートだから雇用保険に加入する必要はないだろう」と知らず知らず手続きが漏れてしまうことも考えられます。
雇用保険の加入義務がある企業と従業員
では、どのような場合に雇用保険の加入義務や手続きが必要なのでしょうか?企業としての手続き、対象となる従業員での手続きで対応が異なりますので、それぞで確認してみましょう。
企業 | 従業員 | |
---|---|---|
手続き名 | 雇用保険適用事業所設置届 | 雇用保険被保険者資格習得届 |
対象となるケース | 初めて雇用保険の対象となる労働者を雇用したときに提出する必要がある | 1週間の所定労働時間が20時間以上であること 31日以上の雇用見込みがあること 昼間学生でないこと 等 |
上記の手続きは法人・個人事業主関わらず必要です。はじめて従業員を雇用し、雇用保険の加入義務がある場合は「雇用保険設置届」と「(該当従業員の)雇用保険被保険者資格習得届」を同時に手続きすることになります。
遡及加入しないとどんな不利益があるのか?
雇用保険に遡及加入しない場合、次のようなリスクがあるため、適切な対応が必要です。
- 従業員への影響として
- 失業手当が受給できない
- 育児休業給付や介護休業給付などの各種給付金が受けられない
- 企業への影響として
- 助成金が利用できない
- 雇用保険法に基づく罰則がある(6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金)
- 労働保険料の追徴金(最大10%)を支払う必要がある



雇用保険の加入は、条件を満たすと加入する義務が生じます。そのため、手続き漏れに気が付きながら放置するリスクは非常に大きいです。
遡及加入できる期間はいつまで?
では、雇用保険の加入が漏れていた場合、いつまで遡って加入することができるのでしょうか。遡及加入できる期間は状況によって異なりまして、
- 基本的には「2年間」遡ることが可能
- 給与明細や賃金台帳、源泉徴収票など、雇用保険料が天引き(控除)されていることが確認できる場合は、その期間まで(=2年以上の遡りが可能)
上記のように定められています。 ②のケースですと「雇用保険の加入手続きをしていたと思ったら手続きが漏れていたパータン」といえるでしょう。
遡及加入の手続きは複雑な場合があるため、不明点がある場合はハローワークや社会保険労務士に相談することをお勧めします。通常の手続きと比べて、提出書類も異なりますので注意しましょう。
雇用保険に遡って加入する場合の手続きの流れ
雇用保険の加入漏れに気づいた場合、速やかに遡及加入の手続きを行うことが重要です。
この手続きは、会社全体が未加入の場合と、特定の従業員のみが未加入の場合で異なりますので、各ケースにおける具体的な手続きの流れと注意点を解説します。
会社が雇用保険に未加入の場合の手続き
会社が雇用保険の手続きを怠っていた場合、ケースとして
- 労働保険自体の加入ができていない
- 労働保険の加入はできているが、雇用保険の手続きができていない
上記2つのパターンが考えられます。
労働保険自体の加入ができていないパータン
- 必要な書類
- 保険関係設立届
- 労働保険概算保険料申告書
- 提出先
- 労働基準監督署
- 必要な書類
- 雇用保険適用事業所設置届
- 雇用保険被保険者資格取得届(従業員全員分)
- 提出先
- ハローワーク(公共職業安定所)
雇用保険の手続きだけができていないパータン
- 必要な書類
- 雇用保険適用事業所設置届
- 雇用保険被保険者資格取得届(従業員全員分)
- 提出先
- ハローワーク(公共職業安定所)
手続きの注意点
「労働保険自体の加入ができていない場合」「労働保険の加入はできているが、雇用保険の手続きができていない場合」どちらのパターンであっても、注意事項は共通していますので、必ず確認してください。
- 雇用保険の手続きは、労働保険に加入してから行います。労働保険自体の加入ができていな場合は順番に気をつけましょう。
- 年度をまたぐ遡及加入の場合、各年度ごとに労働保険料が再計算され、納付する必要があります。
- 6ヶ月以上前に遡る場合は、遅延理由書など追加書類の提出が求められる場合があります。また、各ハローワーク(公共職業安定所)によっては求められる書類が違うこともあるため、事前に確認しましょう。
従業員が雇用保険未加入の場合の手続き
会社としては雇用保険に加入しているものの、特定の従業員に対する雇用保険手続きが漏れている場合、どのように対応すればよいのでしょうか。
必要書類と提出先
作成する書類は「雇用保険被保険者資格習得届」の一枚で、提出先はハローワーク(公共職業安定所)です。
なお、遡及加入の時期が6ヶ月以上になりますと
- 遅延理由書
- 出勤簿や賃金台帳(雇用した日から提出日までの全期間分)
- 労働者名簿や労働条件がわかる書類(雇用契約書・労働条件通知書等)
上記書類の添付が求められますので、かなり煩雑な手続きとなります。
手続きの注意点
- 原則として遡及加入は2年以内の期間が対象ですが、給与から保険料が控除されていた証拠がある場合は2年以上遡ることも可能です。
- 年度をまたぐ遡及加入の場合、労働保険料の修正対応が必要です。
遅延理由書の書き方と例文
雇用保険の加入手続きが6ヶ月以上遅れてしまっている場合、添付書類として求められる「遅延理由書」の作成が必要です。
遅延理由書はハローワークによって取り扱いが異なる場合がありますが、任意様式で対応するケースが多いように思います。
任意様式で可能な場合、遅延理由書は以下の項目を含めて作成しましょう。
- 宛名(管轄ハローワークの正式名称)
- 被保険者情報(氏名、生年月日、資格取得日、被保険者番号)
- 遅延した理由
- 事業主情報(企業名、代表者名、所在地)
遅延した理由の例文は
事業所の設立に関する諸手続きが重なったため、雇用保険適用事業所設置届および被保険者に関する手続きを失念しておりました。以後、届出期限までに提出するよう留意いたします。
上記のように、状況について簡潔に説明することが大切です。



6ヶ月以上遡る場合、各種書類の用意は煩雑になりますので、社会保険労務士に相談されることを推奨いたします。
雇用保険の遡及加入に関する保険料の取り扱い
雇用保険の遡及加入を行う際、保険料の取り扱いは企業にとって重要な課題となります。
適切に対応しないと、追徴金や罰則のリスクがあるだけでなく、従業員との信頼関係にも影響を与える可能性があります。遡及加入時の保険料に関する重要なポイントについて見ていきましょう。
年度をまたぐ場合の労働保険料修正申告
労働保険料は、労働保険徴収法に基づいて「4月1日〜翌年3月31日」を一つの保険年度期間として納付します。そのため、遡及加入によって年度をまたがる場合には、各年度ごとに保険料を追加納付することになります。
この場合「遡及被保険者資格取得に関する賃金支払額報告書」を作成し、各都道府県の労働局に提出しましょう。
なお、労働保険年度更新時に、確定保険料として対応ができれば労働保険の追加納付は必要ありません。
福岡労働局に手続きのフローチャートが紹介されていますので、遡及加入の状況・労働保険の納付状況に照らし合わせながら、自社での対応がどのパターンになるのか確認してください。


追徴金が必要
雇用保険に遡って加入する場合、納付すべき通常の保険料に追徴金(10%)が課されます。この保険料は労働局にて計算・確定されますので「納入告知書(納付書)」が届き次第、速やかに対応しましょう。
従業員から遡及加入時の保険料は徴収できる?
雇用保険料は、会社と従業員の双方が負担しています。
この内、従業員負担分は毎月の給与から控除することになりますが、もし加入義務のある従業員から雇用保険料が控除できていな場合、慎重な対応が必要です。
給与の総額が300,000円の場合、令和6年度の雇用保険料率は0.006ですので
300,000円×0.006=1,800円(徴収すべき雇用保険料)
となります。
一ヶ月だけの遡及加入であれば保険料もまだ少ないといえますが、遡及期間が長ければ長いほど、負担額は大きくなります。
給与から控除すべきだった金額を精査した上で、
- 清算方法をどうするのか?(一括で徴収するか、分割徴収するか)
- 従業員負担分も会社が負担するか?
上記対応を検討しましょう。
雇用保険料に関しては下記のコラム記事で詳しく解説していますので、併せてご一読ください。


雇用保険の遡及加入に関するよくある質問
雇用保険の遡及加入について、ご質問をいただくことがあります。FAQとしてまとめましたので、ご参考ください。
その他、雇用保険に加入できているのか確認する方法についてご質問いただくことがございます。下記労務Tipsにて詳細を解説していますので、ぜひご一読ください。


まとめ:雇用保険の遡及加入は早めの対応が重要
雇用保険の遡及加入は、企業にとって避けて通れない課題となる場合があります。
今回のコラム記事では、遡及加入の手続きや注意点について詳しく紹介しましたが、少しでも不安・疑問があれば社会保険労務士に相談されることを推奨いたします。特に、
- 加入漏れに気がついた直後
- 遡及期間が6ヶ月もしくは2年を超える場合
- 加入対象者なのか不安な場合
上記場合には、社会保険労務士に相談されることをおすすめいたします。専門家の助言を得ることで、遡及加入の手続きを正確かつ効率的に進められます。
雇用保険の遡及加入は、企業にとって負担となる場合もありますが、適切に対応することで従業員の権利を守り、企業のコンプライアンスを強化することができます。早期発見・早期対応により、従業員が安心して働ける職場作りを進めましょう!