Q. 業務時間中にPCを私的利用する従業員は解雇できますか?
- 勤務時間にも関わらずPCを私的利用する従業員の解雇可否
- PCの私的利用を防ぐための社内ルール・就業規則の作り方
弊社では在宅勤務制度を取り入れています。オフィスに出社していたときは「私語が多い従業員」や「会社のパソコンでネットサーフィンをする従業員」には直接注意ができましたが、在宅勤務の場合は従業員がどのように過ごしているのかわかりません。
どうやら、個人的なチャットばかりして真面目に働かない従業員もいると報告がありました。このような場合、解雇しても問題はないのでしょうか?
A. 解雇要件には該当する可能性はありますが、慎重に判断しましょう。
解雇は、従業員の能力不足や就業規則に違反する行為があるなど、正当な理由がある場合に従業員の雇用契約を解約することを指します。
今回のご相談案件である「業務時間中にPCを私的利用する従業員」が、解雇を行う上での「正当な理由」に該当するのかどうかがポイントになりますので解説いたします。
業務時間中にも関わらず、仕事をせずにインターネットを見たり、私的なチャットを行っている場合は
- 雇用契約上の職務専念義務に反している可能性
- 就業規則上の服務規律・懲戒事由に抵触している可能性
会社と従業員の間にあるこの2つのルールが守られていない可能性が考えられますので、それぞれどのようなルールなのか確認していきましょう。
雇用契約上の職務専念義務に反している可能性
「職務専念義務」という言葉を聞いたことがある経営者の方も多いのではないでしょうか。これは「従業員は勤務時間中、使用者の指揮命令下で職務(業務)に専念する義務がある」ことを意味します。
つまり、仕事中は目の前の仕事に集中して、私的行為は控えなければならないのです。
会社と従業員の間で取り交わされる雇用契約では、
会社側 | 従業員側 |
---|---|
従業員から提供される仕事に対して賃金を支払う義務 | 契約した就業時間中は仕事に集中する義務 |
双方にそれぞれ義務が生じることなります。上記の義務から考えると会社側からすると従業員が仕働いていない時間に対しては賃金を支払わなくても良い(ノーワーク・ノーペイの原則)という考え方もあります。
では、職務専念義務の違反やノーワーク・ノーペイの原則の観点で「業務時間中のPCの私的利用」は問題になるのでしょうか。
結論、PCを私的利用していた時間や頻度によって判断は異なります。なぜなら、職務専念義務があるとしても私的行為すべてを制限・禁止することはできないのです。
例えば
- お手洗いのために一時的に離席する時間
- 一息つくためにコーヒーを用意する時間
など、業務遂行に支障をきたさない些細な時間であれば制限することはできませんし、禁止したとしても違法と判断される可能性は高いのです。
PCを私的に利用していても「業務遂行に支障をきたさない些細な時間」に該当すると、職務専念義務やノーワーク・ノーペイを主張して従業員を罰することは難しいと考えられます。ただし一般常識に照らし合わせて公序良俗に反する場合はこの限りではないため、PC私的利用の範囲や時間が論点になるのです。
就業規則上の服務規律・懲戒事由に抵触している可能性
では、2つ目の「就業規則上の服務規律・懲戒事由に抵触している可能性」を見ていきましょう。
就業規則を作成する際、企業の秩序・風土を守るために服務規律を記載することが一般的です。
業種・業態・事業内容だけでなく、会社の特徴や経営者として従業員に守ってほしいことを独自にルールを定めることができ、そのルールに反した場合は懲戒処分の対象としておくことで企業秩序が守られることになります。裏を返せば、服務規律等に記載がされていない場合は従業員に懲戒処分をすることができないため注意しなければなりません。
そのため「業務時間中の私的なPC利用」が、就業規則における服務規律・懲戒事由に定められているのかが一つのポイントになります。
また、具体的にルール化しておくことが望ましく
- 勤務中は職務に専念し、正当な理由なく携帯電話やPCを用いて私的にメールやチャットをしないこと
- 勤務中は職務に専念し、正当な理由なくインターネットやSNS等を私的に利用しないこと
上記のように服務規律として定められており、従業員にも周知していたにも関わらず「業務時間中にPCを私的に利用する」ことが散見される場合は解雇や懲戒処分ができる可能性はあります。
しかしながら、解雇は「客観的合理的理由と社会通念上の相当性が認められなければ権利濫用により無効になる」ともされておりますので、職務専念義務と同様に「数分程度、私的にWEBサイトを閲覧していた」「仕事の話のついでに、同僚とチャットで雑談をしていた」程度であれば権利の濫用だとして解雇・懲戒処分が無効になりますので注意が必要なのです。
解雇や懲戒処分を適法に行うためには、
- 改善・指導を行ったにも関わらず、本人に改善・反省の意向がみえない
- 服務規律や懲戒事由に抵触する行為の回数や時間が常識から逸脱している
など、様々な観点から考える必要があります。業務で利用するPCを使い、私的チャットを行う従業員の懲戒解雇を巡る事例がありますので、解説いたします。
裁判例から考える解雇の可能性
ドリームエクスチェンジ事件では「就業時間中に私的なチャットをしていた従業員の懲戒解雇」が有効なのかどうか、裁判で争われました。
結論、この懲戒解雇は有効であると判断されたのですが
- 私的なチャットが1日2時間行われていた計算であること
- チャットの内容がハラスメント・コンプライアンスに反しており、就業規則の服務規律に違反していたこと
が理由とされており、「私的利用の範囲・時間が社会通念上許される範囲を超えていた」ことが重要なポイントだとわかります。そのため、ちょっとしたチャットの時間では職務専念義務に反していると言えない可能性が高いのではないでしょうか。
ドリームエクスチェンジ事件については、一部判決の内容を抜粋して下記に整理をしておりますので、参考にしてください。
事件の概要
- 社内での業務連絡は常時PCによるチャットを行う運用であった
- 約7ヶ月にわたり、合計5万158回・285時間41分もチャットに費やしていた(チャットの相手は同じ会社の従業員)
- 会社は「職務専念義務違反」であると該当の従業員を懲戒解雇したところ、解雇処分は無効だとして裁判が起こされた
裁判所の論点
- チャットの回数を、1チャット1分でカウントすると1日当たり2時間・30秒でカウントすると1時間と換算されるほど、業務時間中にチャットを行っていた。これまで上司から特段の注意や指導を受けていなかったことを踏まえても、社会通念上、社内で許される私語の範囲を逸脱したものと言わざるを得ず、職務専念義務に違反するものである。
- チャットの内容は「社内の営業上かつ信用上重要な顧客データ等を社外に持ち出すように他の従業員に指示した」「(勤務している会社が)悪徳企業であり、倒産寸前であるかのように信用を著しく毀損する嘘を言った」「直属の部下に対して悪質な誹謗中傷を繰り返した」「(勤務している会社の)女性社員について、性的な誹謗中傷を繰り返していた」というものであり、就業に関する規律(服務心得)に反し、職場秩序を乱すものと認められる。
- 本人はチャットのやり取りを否定しており、懲戒事由に対しても反省しておらず、業務態度の改善が難しいと判断しても仕方がない。
まとめ
今回は「業務時間中にPCを私的利用する従業員は解雇できるのか」という相談について解説をいたしました。仕事にPCを利用している会社で発生する可能性がある問題のため、「チャットの回数や内容」や「私的にWEBサイトを閲覧している」ような懸念がある場合は、早急に注意・指導を行っていきましょう。
突然解雇をしてしまうと法違反としてトラブルに発展しやすいので、従業員に向き合うことが大切になります。少しでも対応が難しいと感じた場合は、社会保険労務士に相談されることをオススメいたします。
社会保険労務士によるワンポイント解説
業務時間中にも関わらず、PCの私的利用を理由に解雇することは難しいですが、減給などの懲戒処分については余地があると考えられます。まずは社内ルールや労務管理の方法を見直しましょう。
職務専念義務や服務規律を考える場合、まずは自社での働き方・勤務時間の過ごし方をどうしてほしいのか整理することが大切です。勤務時間のすべてを仕事に集中するのは実態としては不可能ですし、従業員のモチベーションや心理的負担を考慮しながらルールを決めなければなりません。
例えば
勤務時間中にOKなPC利用 | 勤務時間中にNGなPC利用 |
---|---|
業務に関連するWEBサイトの検索・閲覧 他の従業員とのコミュニケーションを取るための社内メールやチャットの利用 | 私的なSNSの閲覧・書き込み 私的なメールやチャットツールを過度に利用すること |
このような形で、PCの私的利用は基本的には禁止しながら「コミュニケーションを目的とした利用」であれば許可するなど、ゆとりを持たせることも検討してはいかがでしょうか。
勤務時間の過ごし方が整理できましたら、就業規則の作成・変更を行います。
就業規則に定めなければ解雇や懲戒処分はできませんので、服務規律や懲戒処分の対象事由として定めましょう。
就業規則の反映が終わりましたら、あとは日々の労務管理で運用をしていくのみです。
解雇や懲戒処分はあくまでも最終手段として、問題がある従業員がいる場合には注意・指導を行うことを心がけましょう。
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TSUMIKI社会保険労務士事務所では、経営者・人事労務担当者の方のお悩み・疑問にお答えする無料オンライン相談を実施しております。本記事に関する内容だけでなく、日々の労務管理に課題を感じている場合には、お気軽にお問い合わせください。
矢野 貴大
TSUMIKI社会保険労務士事務所/代表・社会保険労務士
金融機関・社会保険労務士法人・国内大手コンサルティング会社を経て大阪で社会保険労務士事務所を開業。
25歳で社労士資格を取得した後、社会保険労務士・経営コンサルタントとして延べ200社を超える企業・経営者をサポートする。その経験を活かし「想いを組み立て、より良い社会環境を形づくる」というMISSIONに向かって日々活動中。