顧問社労士を変更・お探しの方は100社以上のサポート実績を持つTSUMIKI社会保険労務士事務所へ

Q. 労災休業中であっても、本人に過失があると解雇できますか?

労災休業 解雇
この労務Tipsでわかること
  • 労災による休業している従業員の解雇について
  • トラブル未然防止に向けたチェックリスト

従業員が酒気帯び運転で交通事故を起こしてしまいました。不幸中の幸いで、本人以外に怪我人がおらず、アルコール量も少なかったことから労災認定を受けています。

現在は労災休業中で療養しているのですが、日頃から飲酒が原因で他の従業員ともトラブルがあったため解雇を検討しています。労働基準法的に問題はないでしょうか?

A. 労災休業中の場合の解雇は一定の制限があります。

今回のご質問のケースですと、

  • 業務時間中にも関わらず飲酒をしていた
  • 飲酒をした状態で車を運転する道路交通法を違反した
  • 交通事故以外でも、普段から飲酒が原因で従業員とトラブルを起こしていた

こういった問題を抱えている従業員がおり、今回の事故をきっかけに解雇を考えられているのですね。

本来であれば会社の秩序を乱すとして、解雇の検討を進めることはできるトラブル事例ですが、労災休業中の場合解雇には一定の制限が設けられているため注意が必要です。

「本人に責任がある労災休業中対する解雇・懲戒解雇」について法的な観点および対応方法を確認していきましょう。

解雇・懲戒解雇に関する制限とは

結論からお伝えすると、労働基準法では例え従業員本人の過失や責任に問われる事由があったとしても

  • 業務上負傷し、または疾病にかかり療養のために休業する期間およびその後30日間
  • 産前産後休業期間およびその後30日間

この期間に該当する従業員は解雇してはならないと、制限が設けられています。

従って、酒気帯び運転が要因で労災が発生し、休業している場合であっても解雇や懲戒解雇をすることはできないのです。

労働基準法を確認する

第十九条(解雇制限)

使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。ただし、使用者が、第八十一条の規定によつて打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合においては、この限りでない。

 前項但書後段の場合においては、その事由について行政官庁の認定を受けなければならない。

e-GOV「労働基準法」より

ただし、下記のいずれかに該当する場合は解雇制限が行われないとされていますので、それぞれどのような内容なのか解説いたします。

労災休業中でも解雇ができるシーン
  • 治癒した後30日以上経過した場合
  • 通勤中の怪我・病気による労災休業時
  • 契約社員に雇い止めを行う
  • 会社が打切補償を支払う
  • 傷病補償年金を受給している
社会保険労務士 矢野貴大

解雇制限がないとしても、解雇が認められるには「解雇の必要性」や「客観的にみても相当性がある」など要件を満たしている必要がありますので、注意はしてくださいね。

治癒した後30日以上経過した場合とは

労災休業中における解雇制限は「業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間」とされています。逆に考えると、「療養のための期間が終わった30日以降はこの制限がされない」ことになります。

また、労災保険法では

  • その傷病の状態が回復・改善ができなくなった場合
  • 傷病の症状が、投薬・理学療法等の治癒により一時的な回復がみられるにすぎない場合

について治ゆ(症状固定)されたと定義されており、後遺症などの治療のために病院に通っていたとしても「療養中」の扱いになりません。

従って、症状が完治した日や治ゆ(症状固定)と判断された日から30日を経過した場合には解雇制限がかからないのです。

労災保険における傷病が「治ったとき」の定義については、厚生労働省よりリーフレットが出されていますので参考にしてください。

通勤中の怪我・病気による労災休業時とは

労働災害は「業務災害」と「通勤災害」の2種類あります。

このうち「通勤災害」の場合には解雇制限の規定は適用がされません。つまり、今回のご相談のケースが

  • 業務時間中に、仕事で車を運転していたところ事故を起こした:業務災害とみなされると解雇制限がある
  • 始業時間前に、出社するために車を運転していたところ事故を起こした:通勤災害とみなされると解雇制限はない

上記のようにそれぞれ取り扱い方が異なります。

社会保険労務士 矢野貴大

解雇制限に関する条文には「業務上負傷し、又は疾病にかかり」となっています。通勤災害は「業務上」に該当しないためこのような違いが起こるのです。

契約社員に雇い止めを行うとは

労災後、療養のために休業している従業員が正社員ではなく、期間の定めのある「契約社員」の場合であって、契約期間満了時であれば契約更新をしない(雇い止め)ことは可能です。

ただし労働契約法によると

  • 従業員が雇用契約の更新の申込みをした場合
  • 雇用契約の期間満了後に遅滞なく再度雇用契約締結の申込みをした場合

については「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められる」原因がなければ契約更新を行うことが必要です。契約社員からすると「労災で休んでいるから契約更新をしてくれなかった」とトラブルにつながりやすい為、雇い止めをするのであればその理由を整理して説明することが大切です。

契約社員に対する雇い止めの基準については、厚生労働省の「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準について」を確認してください。

会社が打切補償を支払うとは

労働基準法の解雇制限に関する条文には

「ただし、使用者が、第八十一条の規定によつて打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合この限りでない。」

と表現されており、この中にある「第八十一条の規定によつて打切補償を支払う場合」に該当すると解雇制限はされない形になります。

労働基準法第81条では

補償を受ける労働者が、療養開始後三年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合においては、使用者は、平均賃金の千二百日分の打切補償を行い、その後はこの法律の規定による補償を行わなくてもよい。

e-GOV「労働基準法」より

とされています。その他要件を整理すると

  • 会社が治療費用の負担をしていて
  • 療養開始後、3年を経過しても負傷又は疾病が治らないとき
  • 平均賃金1200日分の打切補償を支払う

上記すべてに該当する従業員については、解雇制限の規定が及ばないのです。

社会保険労務士 矢野貴大

従業員が業務災害で傷病してしまった場合、会社としては治癒するまで支援しなければなりませんが、治療期間が長期に及ぶのであれば企業側の負担も大きくなってしまいます。そのため、療養開始から3年を経過したとしても治らなければ、打切補償を支払うことで一定の責任を果たしたことになるのです。

傷病補償年金を受給しているとは

労災休業では、傷病が療養開始後1年6か月経過しても治らず、その傷病による障害の程度が傷病等級表に定める傷病等級に該当すると「傷病補償年金」が受給できます。この「傷病補償年金」は、従業員からの申請などではなく所轄の労働基準監督署による職権によって、支給・不支給が決まるのですが、

  • 療養による休業開始から3年が経過したときに
  • 傷病補償年金を受け取っている、もしくは受け取りが決まっている

場合には、先程ご紹介した「打切補償」を会社が支払ったとみなされるため、解雇制限の適用がされなくなるのです。

退職勧奨に制限・問題はある?

業務災害により休業をしている従業員は解雇制限があるため、しっかりと治療に向き合っていただく必要があります。一方で「退職」については法律上制限は設けられていません。従業員が会社を退職するときは

  • 自己都合による退職
  • 定年による退職
  • 契約期間満了による退職
  • 退職勧奨による合意退職

このような種類がありますが、労災休業中であっても退職することは可能です。従って、退職勧奨による合意退職は検討できるかと思います。

ただし、退職勧奨自体は、あくまでも「説得」「提案」ですので、従業員は退職勧奨に同意する義務はありません。退職勧奨が断られているにも関わらず、何度も退職勧奨を行うと違法だとしてトラブルに発展することもありますので注意はしてください。

まとめ

会社と従業員の間におけるトラブルで、解雇・懲戒解雇を行わなければならないシーンもございます。ただし、労災時における休業期間に関して労働基準法では解雇制限が設けられており、誤った対応をすると法律違反になってしまいます。

解雇をした従業員から「不当な解雇だ」として訴えられる可能性も考えられますので慎重に対応を進めてください。

社会保険労務士によるワンポイント解説

解雇・懲戒解雇は社内秩序を守ることを目的として行うことが多いと考えられます。解雇や懲戒解雇は最後の手段ですので、労務トラブルの発生を未然に予防するためのルール作りを行いましょう。

社内トラブル発生防止に向けたチェックリスト
CHECK
就業規則の作成・見直しはできているか?

就業規則は会社の憲法と呼ばれるほど大切な書類である一方で、きちんと整備がされていないことが多々あります。就業規則がなければ、会社として従業員に求める働き方が提示できませんし、就業規則があったとしても実際の働き方に合っていない場合はトラブルに繋がる恐れがあります。

就業規則全体が、自社のルールにあっているか確認しましょう。

CHECK
服務規律・懲戒処分の事由は具体的に作成しているか?

就業規則を作成していても、服務規律や懲戒処分の対象とする事由が具体的になっていないと、いざトラブルに対応しようとしても規則を根拠として従業員の処分ができない可能性があります。

具体的な定め方について不安がある場合、社会保険労務士に相談されることをオススメいたします。

CHECK
就業規則を周知し、運用できているか?

就業規則に定めた後、従業員に周知・日々の労務管理で活用しなければ意味がありません。ルールが形骸化しないように、社内の規律は定期的に発信して強い組織づくりをしていきましょう。

無料相談をご希望される方へ

TSUMIKI社会保険労務士事務所では、経営者・人事労務担当者の方のお悩み・疑問にお答えする無料オンライン相談を実施しております。本記事に関する内容だけでなく、日々の労務管理に課題を感じている場合には、お気軽にお問い合わせください。

執筆者プロフィール

矢野 貴大

TSUMIKI社会保険労務士事務所/代表・社会保険労務士

金融機関・社会保険労務士法人・国内大手コンサルティング会社を経て大阪で社会保険労務士事務所を開業。

25歳で社労士資格を取得した後、社会保険労務士・経営コンサルタントとして延べ200社を超える企業・経営者をサポートする。その経験を活かし「想いを組み立て、より良い社会環境を形づくる」というMISSIONに向かって日々活動中。

関連記事