Q. サービス残業があったと訴えられました。どうすればいいでしょうか?

- サービス残業を訴えられるケースと会社としての対応策
- サービス残業請求がされない労務管理の手法

先日、退職した従業員から「未払い残業を支払ってください」という文章が弁護士を通じて届きました。会社としてはサービス残業をさせていたつもりもなく、またこの従業員との関係性も悪くなかったため戸惑っています。
従業員から未払い残業請求がされることはよくあるのでしょうか?また、どう対応すればいいのか教えてください。

A. サービス残業があったと訴えられやすいシーンと対応方法を解説します
「円満退職をしたはずの従業員から、未払いサービス残業請求がされた」というのは珍しい話ではありません。どのような会社であっても、労務管理が適切に行えていなければサービス残業を請求される可能性は常にあります。

近年では「未払い残業となっている金額をシミュレーションできる」WEBサイトも多くあり、現在の労働時間や給与金額を入れると概算で「◯◯円の残業代が請求できる可能性があります」と具体的な金額を一瞬で調べることができます。
従業員視点で考えると未払い残業請求するハードルも低くなっていますので、会社としても未払いになっている残業代がないのか課題意識を持つことが大切です。まずはサービス残業が訴えられやすいシーンはどのようなものなのか確認し、そこから対応策を考えていきましょう。
サービス残業を訴えられるシーン
サービス残業代を請求される会社の特徴としては「労務管理に不備がある」ことに尽きます。特に次の5つの項目のうち、一つでも当てはまる場合には社会保険労務士に相談をして労務管理を改善することをオススメいたします。
- 労働(残業)時間を客観的に記録していない
- 残業の承認を「15分単位」や「30分単位」でしている
- 管理監督者には一律残業代を支払っていない
- 固定残業(みなし残業)の制度を入れている
- すべての従業員に裁量労働制を入れている
労働(残業)時間を客観的に記録していない
やはり、通常の労働時間や残業時間といった勤怠記録を適切に行っていなければ、サービス残業につながるでしょう。
例えば日々の勤怠について
- 始業や終業の時刻は決まっているため、自動的に勤務時間も記録している
- 出社した際に出勤簿にサインするだけで、労働時間は一律に決めている
- 上司が部下の残業時間を記録しているため、従業員本人はその残業時間を把握していない
このように取り扱っている場合、「自分が思っていた労働(残業)時間分の給与が出ていないのでは?」と従業員に不信感が募るためサービス残業請求に繋がります。
残業の申請・承認を「15分単位」や「30分単位」でしている
2つ目に注意しておきたいのは、残業時間について「15分単位」や「30分単位」で処理をしているケースです。
企業には、労働時間や残業時間は1分単位で集計し、給与を支払う義務があります。しかしながら残業の申請や承認をする際に「15分単位」「30分単位」で行っている企業も少なくありません。
このとき、1日あたりの残業時間について「15分単位で申請する。その時間未満は切り捨てる」ような対応をしているとトラブルに発展しやすいため注意をしてください。
企業側の主張としては「小休憩やちょっとした雑談など、業務時間の過ごし方をある程度許容している」場合がありますが、従業員からすると「違法ではないのだろうか」と疑問を持たれ、退職時にサービス残業の請求をされてもおかしくありません。
繰り返しになりますが、1日あたりの労働時間や残業時間は1分単位で集計し、給与を支払う必要があります。企業独自の文化として「15分単位で申請する」ようなルールを設けるのであれば、従業員とのコミュニケーションを図り、トラブルを未然に防止しましょう。特に「勤務時間中の多少の雑談や休憩を容認する」など、従業員への配慮が重要です。
管理監督者には一律残業代を支払っていない
「部長職」や「マネージャー職」だからといって残業代を支給していない場合も、該当の役職者から未払い残業請求がされる可能性があります。
確かに、労働基準法上では「管理監督者」に該当する場合には労働時間や休憩、休日の制限を受けませんので、深夜残業を除いて残業代の支払い対象から外れます。しかしながら労働基準法上の「管理監督者」とは、企業内の部長職やマネージャー職といった役職名ではなく、
- 労働時間、休憩、休日等に関する規制の枠を超えて活動せざるを得ない重要な職務内容を有していること
- 労働時間、休憩、休日等に関する規制の枠を超えて活動せざるを得ない重要な責任と権限を有していること
- 現実の勤務態様も、労働時間等の規制になじまないようなものであること
- 賃金等について、その地位にふさわしい待遇がなされていること
上記4つ観点から、総合的に判断する必要があります。
その会社では「部長」であっても、管理監督者としてふさわしくない労働条件の場合には、残業代の支払いが必要になり、結果として未払い残業請求に繋がる恐れがあります。

特にベンチャー企業や従業員を採用し、規模拡大を図る中小企業では「名ばかり管理職」が問題になりやすい傾向にあります。新たに役職を導入し、管理監督者として扱いたい場合、事前に社労士に相談しましょう。
固定残業(みなし残業)の制度を入れている
「固定残業代を支払っているので、別途残業代を支払う必要はない」と考えておられる経営者の方も、まだまだ少なくありません。固定残業代とは、あらかじめ一定の残業時間分を手当として支払うものですが、
- 設定している時間を超える場合は別途追加の支給が必要
- 実際の残業時間とその設定時間の過不足を翌月に繰り越して相殺することはできない
こういった制限があり、誤った運用をしてしまうと法令違反になります。当然、従業員から未払い残業請求が行われると対応しなければなりません。
すべての従業員に裁量労働制を入れている
労働基準法では「専門業務型裁量労働制」と「企画業務型裁量労働制」という2つの制度があり、これらを導入すると労使で決定した「みなし労働時間」が1日の労働時間となります。
そのため、みなし労働時間を1日8時間と設定した場合には、何時間働いても8時間の勤務とみなされるため残業代は発生しません。
しかしながら、両制度ともに一定の要件を満たさなければ導入することができません。「全従業員に裁量労働制を適用する」ことは難しい可能性が高いため注意をしてください。また、裁量労働制であっても法定休日の出勤や深夜勤務に対する残業代は別途支払わなければなりません。
専門業務型裁量労働制 | 企画業務型裁量労働制 | |
---|---|---|
対象者 | 対象となる19の業務に限る | 4つの要件を満たした場合のみ |
従業員の同意 | 不要 | 必要 |
残業代 | 1日8時間の設定の場合は不要 みなし時間が8時間を超える場合は必要 | 1日8時間の設定の場合は不要 みなし時間が8時間を超える場合は必要 |
休日残業代 | 必要 | 必要 |
深夜残業代 | 必要 | 必要 |
いつ請求される?退職後の請求は無効?
サービス残業の請求は、どのようなタイミングで発生する可能性があるのでしょうか。また、すでに退職した従業員からの未払い残業請求は企業として対応する必要の有無についても確認をしておきましょう。
結論、サービス残業が発生していると常にリスクがある
表題の通り、サービス残業の請求リスクは「常に」あります。
前述しております「サービス残業を訴えられるシーン」を例として、適切な労務管理ができていない場合は問題が顕在化していないだけで、いつ従業員から未払いとなっている残業代を支払ってほしいと請求されても不思議ではないのです。
とはいえ、サービス残業代を請求すると会社(経営者)との関係性も悪くなってしまうため「退職(転職)を決めてから労働基準監督署に相談に行った」「退職後に、弁護士に相談してサービス残業を請求した」というケースが多いと感じます。
また、未払い残業の請求ができる権利には時効期間が設けられており、2020年4月以降は3年間とされています。そのため退職しても3年間は従業員から突然「サービス残業をしていた分の残業代、支払ってください」と通知が届くこともある点は念頭に置いておくべきでしょう。
サービス残業請求に対する企業としての対応策
従業員からサービス残業について、追加で残業代を支払ってほしいと請求がされた場合、下記2つの点から対応されることをオススメいたします。
残業代は支払うスタンス
重要になるのは「残業代は支払うスタンス」を取るということです。経営者からすると、コストが増えるため「できれば従業員の残業代請求は拒否したい」と考えられるかもしれません。しかしながら、ずさんな対応をしてしまうと
- 最初は文面だけでのやり取りだったのが、訴訟される恐れがある
- その他の従業員にも未払い残業があるのでは、と労働基準監督署の調査が実施される
- SNSなどで「サービス残業をさせる企業だ」としてブラック企業のレッテルを貼られる
企業としてはより大きなデメリットになってしまいます。近年、働き方改革により労務管理の重要性は高まっておりますので、真摯に対応を行いましょう。
請求されている時間と実際の労働時間の整合性を図る
ただし、従業員から請求された時間分の金額を支払うべきかどうか、精査し、場合によっては請求金額を減額することが可能です。
一般的に、従業員がサービス残業を主張する際には「タイムカード」や「自身のメモ書き」などで根拠となる労働時間を計算していますが、会社としては
- パソコンのログの時間
- オフィスへの入退室の記録
などを用いて、従業員が主張する労働時間が本当に正しいのか精査し、請求されている金額と、実際に支払うべき金額を算出・提案することができます。残業を無断で行っているなどの事実を証明できるのであれば、その時間分の残業代の支払いは不要になりますので、しっかりと労働時間の検証を行いましょう。
残業を無断で行う従業員に対しての対応策は、下記の労務Tipsにて解説しておりますので、併せてご確認ください。


まとめ
従業員から突然「サービス残業があった。未払いとなっている残業代を支払ってください」と通知されると、企業としては困惑・対応策に悩まれると思います。
サービス残業が発生していたのか調べる責任が発生し、場合によっては残業代を追加で支払わなければなりません。時間的なコストも必要なため、日頃から労務管理は慎重に進めましょう。
社会保険労務士によるワンポイント解説
サービス残業代の請求がされないように、労務環境を整備するためのチェックポイントを3つご紹介します。一つでも対応ができていない場合は気をつけてください。
労働時間、残業時間を適切に記録するために、勤怠管理システムの導入は検討しましょう。紙のタイムカードやエクセルでは、リアルタイムでの集計が難しいため、すぐに異変に気づくことができません。
従業員が無断で残業をし、それが業務に必要であれば残業代を支払う必要があります。
残業を行うのであれば、事前に上長に申請・承認が必要であるなど、残業申請制度を取り入れ、企業が把握できない残業時間を減らしましょう。
労務トラブルは、従業員とのコミュニケーション不足である点が非常に多いです。経営者が知らないうちに労務リスクが高まっていることもありますので、従業員にどのような働き方をしてほしいのか、どういったルールを設けているのか、周知徹底を行います。
従業員が心から納得し、同じ方向を向いて仕事をしてくれるのであれば労務トラブルが起きにくい職場となりますので、しっかりとコミュニケーションを取られることをご提案いたします。
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TSUMIKI社会保険労務士事務所では、経営者・人事労務担当者の方のお悩み・疑問にお答えする無料オンライン相談を実施しております。本記事に関する内容だけでなく、日々の労務管理に課題を感じている場合には、お気軽にお問い合わせください。
矢野 貴大
TSUMIKI社会保険労務士事務所/代表・社会保険労務士
金融機関・社会保険労務士法人・国内大手コンサルティング会社を経て大阪で社会保険労務士事務所を開業。
25歳で社労士資格を取得した後、社会保険労務士・経営コンサルタントとして延べ200社を超える企業・経営者をサポートする。その経験を活かし「想いを組み立て、より良い社会環境を形づくる」というMISSIONに向かって日々活動中。

